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第464話

「クスクス、火宮会長以外には、触れられたくもないって?すごい、一途で健気」 可愛い、と馬鹿にしたように笑うイケメンに、ムカムカと不快感が湧いた。 「っ、あなたは一体…」 敵であるのは間違いなくて、火宮の同業者であるのも確実だろう。 だけどそれにしては、火宮の纏うようなダークな雰囲気はまるでなくて、触れれば切れそうな鋭さも厳つさもない。 「クスクス、おれが誰かって?ほとんど予想がついているんでしょ?」 賢そうな目をしている、と、今度は顎から頬に向かっての曲線を撫でられる。 「っ…だ、から、触る、な…」 「その強気な口。火宮会長は、そんなところもお気に入りなの?」 「っ…」 話をはぐらかすつもりか。 思わず睨みつけてしまったら、イケメンは心底可笑しそうに笑い声を上げた。 「その目。なんて素直にものを語るの?クスクス、本当、相応しくない」 「な、にが…」 「相応しくないなぁ、火宮会長の隣に立つ人間として。ねぇ?火宮翼くん。火宮会長は、いつまでそんなきみを、ご丁寧に側に置いてくれるだろうね?」 ふわり、と笑うイケメンは、まるでスクリーンから抜け出してきた映画スターのようで。それほどに、華やかな容姿をしている。火宮の同業者だとは思うのに、あまりに敵意が感じられない。 「っ…あなたは、誰で、目的はなんですか」 言葉の端々からは、小さな悪意が感じ取れるけれど。 「ふふ、どうしても名乗らせたいの?いいよ、ならば教えてあげる」 「っ…」 「おれは七重組が傘下の2次団体、輝流会、会長霧生春陽(きりゅう はるひ)。同じく蒼羽会会長、火宮刃が大っキライでね」 「やっぱり…」 火宮たちが話していた通りの相手だ。 「クスクス、挨拶状は無事に届いたみたいね。そう、おれはね、同列同等の立場なのに、なにもかもで必ずおれの前にいる火宮会長が気に食わない。その上、うちの配下の組の不始末を1つ、うちを通さずに横槍入れて片付けてしまってね。もう本当、ムカつくったらないよね」 「………」 「ムカつくから、火宮会長から何か1つでも、その手から取り上げてやろうかなって。そこでとりあえず目についた、火宮翼くん、きみという至宝をここにご招待したんだ」 ふふ、と楽しげに笑う霧生は、本当にその名の通りに、柔らかな春の陽射しのような笑顔の持ち主で…。 「本当に、ヤクザさん?」 「クスクス、見えない?でも…」 「っ!」 ジャキッと、おもむろに額に照準をつけられたのは、目に見えないほどの速さで懐から抜かれた黒光りする武器で。 「今、ここで、きみの命を奪うことは、おれには簡単だよ」 スゥッ、と霧生から立ち上ったのは、紛れも無い殺気だ。 「っ…」 怖い。シャツの下の性器が、情け無いほどちっちゃくなってしまっているのが分かる。 それでも俺は、銃口から目を逸らさずに、唇を引き結んだ。 っ…。 ゴクリ、と唾を飲み込む音が、やけに大きく耳に響いた。 「クスクス、涙目。信じてくれた?」 フッ、と気配を緩めた霧生が、にこりと微笑んで、銃口を下ろす。 下ろしたのと同時に、その違法な武器は霧生の懐に消えて見えなくなっていた。 「っぁ…」 どっと身体から力が抜ける。 「あぁ、本当、純粋だなぁ。そんなきみにはさ、きっと、火宮会長の隣にいる資格は、ないよ」 ふわりと口角を上げる霧生の言葉に、ぎゅっと眉が寄った。 「な、にを…」 「だってきみは、火宮会長を煩わせることしか出来てない」 「っ…」 それは。 「火宮会長はさ、きみを足手まといだと、きっとそう思ってる」 「そんなこと…」 「ない、って思う?だってきみ、おれの警告のおかげで、今が非常事態だって分かっていたでしょ?」 それはそうだけど…。 「それなのに、呑気に学校に行ったんだよね?火宮会長の姐の自覚があるならさ、少しでも迷惑が掛からないように、セキュリティ万全のヤサで大人しくしているものじゃない?」 「だってそれは…」 火宮さんがいいって言ったから…。 「クスクス、火宮会長に、どれだけ甘えているんだろうね。本当、子供。自分優先の、とんだ我儘」 「っ…」 「ふふ、それでやっぱり拉致されて。どれだけ迷惑に思われているんだろうね?」 クスクスと笑う霧生の言葉が、俺の身体を掠めて、スパスパとやいばの切り傷をつけていった。 「火宮会長に甘えて寄り掛かって頼るだけのきみに、このままずっと、火宮会長が愛想を尽かさずにいてくれると思うの?」 「っ、それは…」 だい、じょうぶ。 だって火宮さんは、俺を大事に想ってくれてる。絶対絶対想ってくれてる。 にこりと微笑む霧生の言葉になんか、揺らがない。 俺を火宮から奪おうなんて画策している霧生の言葉なんかに、惑わされる、もんか…。 「クスクス、なんにも出来ないどころか、負担ばかりを掛けている。そんな重荷を、火宮会長がいつ下ろそうと考えても、不思議じゃないと、おれは思うけど」 鮮やかで華やかな、綺麗な笑みをはいた霧生に、俺の指先が、小さく震えて冷たくなった。

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