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第466話

望まない。 望まない、火宮さんは。 「っ…」 1人残された部屋の中で、俺は両膝を抱え込み、きゅぅ、と身体を小さく縮めて俯いた。 火宮が望むのは、俺の無事だけ。 俺が俺の身を守って、五体満足で火宮の隣にいること。 「っ、だ、から…霧生さんに身を差し出して蒼羽会を守るなんて望んでない。俺が俺の身を犠牲にすることなんて…」 ーー本当に? ふと、小さな小さな疑問が頭をもたげた。 いつだって、真っ直ぐ俺のことを考えて、いつだって、何より最優先で俺を守ろうとしてくれる、頼もしい恋人。 今回だって、今だって、きっと俺の行方を、血眼になって探してくれていると思うんだ。 「だから…」 俺はただひたすら無事でいて、助け出してもらえるのを、大人しく待っていればいい。 「っ…本当、に?」 揺らいだ心に、ポツリと1つ、小さな小さな穴が開いた。 「毎回、毎回守られて。今回だって…俺が、学校を休みたくないなんて我儘を言ったせいで…」 おまえの望みはなんだって叶えてやる。 そう優しく自信たっぷりに笑う火宮の顔が、不意に浮かんでグニャリと消えた。 「俺、は…」 そんな火宮に頼りきりで、甘えきりで。 本当に、そのままでいいの? 「っ、俺は、蒼羽会会長、火宮刃のパートナーとして…」 ッ、違う…。 カシャンと揺れた、拘束の鎖が鳴った。 確かに火宮にとって、蒼羽会はとても大切な場所だろう。 俺は蒼羽会の姐と呼ばれる立場の人間として、確かにその場所を守らなければならないだろう。 「だけどそのために、俺が火宮さんの元を離れたら…あんな人の言いなりになんかなったら…。それこそその、蒼羽会にとって何より大事な火宮さん自身を、俺が損なわせることになる」 俺が火宮の手を離し、霧生のものになどなったら。組織を守るどころか、その頭を闇に落とし、狂わせることになる。 「分かってる」 俺はただ、無事でいなくちゃいけない。 黙って大人しく、火宮さんたちがなんとかどうにかしてくれるのを待っていれば…。 ガシャンッ、と、激しく拘束の鎖が鳴った。 「はは、俺、1人じゃ何も出来ないのか…」 自力で逃げ出すことも、蒼羽会にとって不利益でしかない書類を奪い去ることも。霧生の要求を飲んで蒼羽会と火宮を守ることも、何も。 こんなとき、ただひたすら救助を待つことしか出来ないなんて。 そうしている間にも、あの人がいつさっきの情報をばら撒くとも分からないのに。 「情けないなー」 小さく漏れた自嘲が、静かな空気を震わせた。 「これが、蒼羽会会長の唯一無二のパートナー?」 そりゃ、つけ込まれるわけだ。 お荷物だって言われて当たり前だ。 「本当、情けない…」 ぎゅぅ、と噛み締めた唇が、ピリッと痛んで、じわりと鉄の味が広がった。

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