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第467話

カチャン…。 それから、どれくらい静かな時間が過ぎたのか。 不意に入り口のドアが開く音がして、俺はぼんやりとそちらに視線を向けた。 「っ、霧生…さん」 「ふふ、酷い顔。たくさん悩んだみたいだね?それで?答えは出せた?」 クスクスと笑う霧生が、悠然とした笑顔のまま、ベッドの側まで近づいてきた。 「っ…」 「ふふ、まぁ、まずは食事にしようか」 「えっ?」 クスッと笑った霧生が差し出してきたのは、トレイに乗ったパンとスープと小さく切られたステーキで。 「っ、い、りません…」 どうせ薬入りかなにかなんだろう? 誘拐犯に出された食事など、俺が無防備にホイホイと口にすると思うのか。 「クスクス、それくらいの警戒心はあるんだ?でも安心して。別に何も混入させてないよ。まぁ、ナイフやフォークはさすがに持たせる気はないから、手掴みで食べてもらうことになるけど」 「信用できません」 何も企んでないと言われたところで、手をつける気はない。 「でもほら、おれも別にきみを飢えさせるつもりはないしね」 食べてよ、と押し出される食事から、ふわりといい匂いが漂う。 「っ!」 「クスクス、ほら」 なんてタイミングだ。 派手にぐぅーっ、と鳴ってしまったお腹に、カァッと頬が熱くなった。 「いらないって言ってるっ!」 羞恥と苛立ちから、思わず振り払った両手が、ガシャンと霧生の持つトレイに当たってしまった。 勢いのまま飛んで行った食事が、床にぶちまけられる。 ソースが跳ねたのか、霧生のワイシャツにも小さな染みが飛んでいた。 「あ…ごめ」 ここまでするつもりは…。 汚してしまった床を呆然と見つめて、唇が震えた。 「ふぅん」 スゥッと目を細めた霧生から、壮絶に妖しいオーラが立ち上った。 「っ…」 ぞくり、と身が震えたのは、なにも寒さからではない。 火宮が意地悪をするときによく似た、けれどそれよりずっと残虐なオーラを纏った霧生に、俺は知らず知らずのうちにズリズリとベッドの上を後退していた。 「ふふ、わるい子」 「っぁ…」 「おれに逆らったり反抗したりしたらどうするか、言ったよね?」 にこり、と笑った霧生が、笑顔のまま、スッと後ろに足を引いた。 「これは、お仕置きが必要だね」 「っ…」 「鞭がいいかな。クスクス、それとも、普段から火宮会長にも可愛がってもらっているんだろうから、後ろを使って反省しようか」 笑いながら、数歩後ずさった霧生が、たどり着いたドアをコンコンとノックした。 「いるな?入ってこい」 「はっ、お呼びでしょうか、会長」 すぐにドアのすぐ外から、2人のスーツ姿の男の人が入ってきた。 「すぐに片づけを。それから、鞭と例の箱を持って来い」 凜とした霧生の声に、男たちが床に散らばった食事を見て顔をしかめる。 その後チラリと俺にくれた視線が、冷ややかな非難の色をしていた。 「かしこまりました」 それでも黙って頭を下げた2人の男が、そのまま静かに素早く行動に移っていった。 「っー—!お、れ…」 決して料理を滅茶苦茶にするつもりはなかったんだ。 床で、無駄になった料理を黙々と片づけていく男を見て、小さく唇が震える。 「ふふ、別に今は謝罪なんかいらないよ。これからお尻をいーっぱい叩かれて、真っ赤にされて泣いちゃいながら、たっぷり謝ることになるんだから」 「っ、そんな。い、やだ…」 フルフルと首を振っても、霧生の笑顔は変わらない。 鞭と小箱を持って戻ってきたもう1人の男が、俺の手錠の鎖をグイと引いた。 「嫌だっ…」 自由な片足でガンガン男を蹴りつけ、どうにか逃げ出そうと俺は必死で抵抗する。 「うーん、本当、わるい子。あんまり聞き分けと往生際が悪い子は…うんとつらい目に遭わせちゃうよ?」 クスクスと笑う霧生の声が、ねっとりと全身に絡みつき、それがあまりに嗜虐的な悦びに満ちているように感じて、俺はゾッとして思わず動きを止めてしまった。 この人…。火宮さんの比じゃない。 冷酷非情なサディストのオーラを感じ、心底身体が冷える。 「ふふ、いい子。大人しくなった」 にこり、と笑った霧生にハッとしたときにはもう、俺の両手をつないだ手錠の鎖が、また別の手錠の鎖に通されて、ベッドヘッドに繋がれていた。 「っ…」 「ご苦労。おまえたちはもういい。出ていろ」 「「はっ」」 床を掃除していた男と、俺をベッドに繋いだ男が、霧生の声で退室していく。 「っ、や…」 ベッド上で両膝をつき、四つん這いに近い格好で拘束された俺の後ろに、ふと、霧生が近づく気配がした。

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