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第468話※
ぶたれる!
鞭、と言っていた霧生の言葉を思い出し、俺はぎゅぅ、と固く目を瞑った。
「っ…」
詰めた息が苦しい。
身構える身体が強張り、閉じ合わせた太ももにきゅっと力が入った。
「クスクス。痛いの、嫌い?怖いの?かっわいい」
ふと、張り詰めた空気がプツンと切れて、ふわりとした霧生の声が背中に触れた。
「っえ?」
なに?と思って振り向いた俺の目に、太めのバイブを持った霧生の姿が見えた。
「っな…」
「ま、拷問に耐えるために、大抵は苦痛に対する訓練はされているものだからね。やっぱりお仕置きするなら、コッチでしょ」
クスクスと笑った霧生が、タラーッと冷たいローションを、俺の尻の狭間に垂らした。
「っや…」
「知らないけど、多分、火宮会長のよりは細いでしょ?」
にこり、と笑った霧生が、細いと言ってもそれなりの太さがあるバイブをゆらゆらと揺らす。
「挿れるよー」
いいお天気ですね、くらいの気楽さで宣言された言葉と同時に、ずぷっ、とそれが、蕾を割って入り込んできた。
「ひっ、い、やぁ、あぁ…」
バイブ自体にもローションが塗られていたのか、恐れるような苦痛はない。
だけどただ、そんな異物を、何の優しさもない仕草で、無理やりズブズブと突っ込まれれば、心の方が悲鳴を上げる。
「嫌っ、いやだっ、抜いて。抜いてっ…」
「クスクス、簡単に挿入っていく。やっぱり普段から相当慣らされているんだね」
「いっやぁぁぁ…」
ズプンッ、と、持ち手が蕾に触れるほど一気に奥まで穿たれて、俺は悔しさや羞恥や苦しみやらの、わけのわからない感情でぐちゃぐちゃになって、ボロボロと泣き出していた。
「うん。なんかお仕置きって感じ。いいね」
クイッ、とバイブを弄んで、満足そうに笑うその神経がどうかしている。
「ふっ、うっ、ぇっ…と、って。取って…」
こんな風に無様に泣きたくないのに、後から後から溢れる涙が止まらない。
「お尻に無理やりこんなの突っ込まれちゃって。嫌がって泣いて、かっわいい」
「っ、抜いて…」
「これが、あの蒼羽会会長、火宮刃のパートナーの姿?クスクス、無力で無様。ねぇ、そんなきみは、一体どんな答えを出してくれたのかな?」
クスクス、と笑いながら、後ろから霧生が離れていく。
嗚咽を繰り返す俺の視界に入る位置に移動してきた霧生が、にこりと笑って俺を見下ろしていた。
「おれのものになる気になった?」
どこまでも楽しそうに笑った霧生に、俺は、後ろの玩具を気にしながら、大きく息を吸い込んだ。
「ならない」
ぎゅぅ、と拳を握り締め、キッと顔を上げた俺は、真っ直ぐ霧生を睨み据えた。
「俺は、あんたのものになんか、ならないっ」
きゅっと唇を引き結んだ俺の目の前で、霧生の口元がゆっくりと弧を描いていった。
「へぇ?それじゃぁ、蒼羽会に総攻撃を仕掛けることになる例の情報を、本城の顧客リストに流すけど?」
「っ…」
「本当にいいの?きみはそうしてなにもしないで、やっぱり火宮会長に守られる気?」
にこり、と、どこまでも華やかに微笑む霧生に、俺はぐっと腹に力を入れた。
「そう、ですよ。俺は、あなたの要求なんかのまずに、火宮さんたちが助けに来てくれるのを、ただ待ちます」
「それって、火宮会長や蒼羽会、そして蒼羽会の構成員たちみんなを、見殺しにする、って言っているのと同じだけど?」
「っ、火宮さんは…火宮さんたちは、そんなことでやられちゃったりしないっ。俺があなたと取り引きなんかしなくても、火宮さんたちは、必ずなんとかしてくれます」
俺はあの人たちを信じてる。
ぎゅっと握り締めた拳を震わせた俺に、霧生の嘲笑うような声が届いた。
「ふぅん。随分な信頼だね。だけど逆は?」
「え?」
「その、火宮会長や、蒼羽会の面々は?仮にも姐という立場のきみのその選択を、本当に後押ししてくれるの?」
どうして身を張って霧生の企てを阻止しなかったかって?
あの人たちが責めると思うのか。
「分かって、くれるっ。火宮さんも真鍋さんも池田さんも浜崎さんたちも。俺の選択を…俺はこれでいいって…。絶対絶対理解してくれるっ」
俺がどんなに迷惑を掛けても、何もできない子供でも。
それでもいいと、火宮は言った。
ヤクザになんかならなくていい。何かがあったら、火宮が全力で守るからと。
「火宮さんは言ったんだ。だから俺は、ただ、その火宮さんだけを信じる」
姐としての仕事なんて俺にはできない。
出来ない俺を火宮は選んだ。
その目に向ける信頼に、揺るぎはない。
「強情だね。でもね、きみがそれでよくても。火宮会長や、かろうじて蒼羽会の人間がそれを理解しても。その他の組織の人間は、一体そのきみをどう思うかな。例えば下部組織の人間たち。火宮会長が選んだ人間の、ただ守られるだけの情けないその姿勢を見たら」
「っ…」
「火宮会長の人選を疑うには十分な、腑抜けたパートナーだよね」
にこり、と笑う霧生の微笑みが、初めてとても醜く見えた。
「疑う人はいない」
「は?」
「だってみんな、火宮さんの元に集った人間だから」
「な、にを…」
「火宮さんを慕って、火宮さんを信じてついてくる人間だから。その火宮さんは、その信頼に応えるだけの、確かな人物だから。その選択を疑う人なんていない。疑わせない」
ぐっ、と腹に力を込めて言い切った俺に、霧生の顔がようやくくしゃりと歪んで崩れた。
「き、みは…」
「っ、俺は、あなたが言うような姐の仕事はできない。だけど俺は、俺のやり方で火宮さんを守る」
「な、に、それ…」
「あなたにはきっと分からない。だけど、俺は決して、火宮さんや蒼羽会のみんな、それから火宮さんに忠誠を捧げてくれる人たちに、腑抜けたパートナーだなんて思わせない。使えない火宮のお荷物だなんて言わせない」
「っ…」
「俺には、俺にしかできない、火宮さんの守り方がある」
俺を選んでくれたあの人の信じてくれる俺の在り方。
「Je marche la vie ensemble」
昏い深い闇から、火宮を何がなんでも守ることが、ひいては蒼羽会を、そこに集うすべての人たちを、守ることに絶対に繋がるから。
「俺はなにがあってもあの人の手を離すことはしない」
一生共にと、強く誓った。
だから霧生の手には、絶対に堕ちない。
ぐっ、と、強い強い力を込めて霧生を見据えた俺の視界から、ふ、とその姿が消えていった。
「っ?!」
「面白くないね…」
背後で気配が揺れた気がしたと思った瞬間、ヒュッ、と空気を切るなにかの音を聞いた。
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