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第470話

※暴力的なシーンを含みます。苦手な方はご注意ください。 バンッ。 「霧生会長」 「翼ッ!」 あぁ、助けが来たんだ…。 何より真っ先に分かった、火宮の俺を呼ぶ声に、どっと力が抜けた。 先陣を切って飛び込んできた真鍋のそれより、まず先に俺を安心させてくれる愛しい低音に、思わず顔がへにゃりと緩んだ。 「ッ…。翼」 真っ直ぐに、火宮が他の何も目に入らない様子で、俺のいるベッドの方へとやってくるのが見えた。 「ひ、みやさ…」 その脇で素早く真鍋が動き、火宮を襲わせることも、身動き1つもさせない手際の良さで、銃口を霧生のこめかみに押し付け、引っ捕えている姿が見える。 「あぁぁ…」 なにもかもに安心して、じわりと熱い涙がポロリと目から溢れた。 「翼ッ。翼、大丈夫か。今外してやる」 ふわりと火宮のジャケットが背に掛けられて、大好きな火宮の匂いに包まれる。 「っ、ふ、うぁぁぁっ…」 あ、やだな。 泣き出すつもりなんてなかったのに…。 小さな子供みたいな遠慮のない泣き声が思わず漏れてしまって、俺は必死で顔を二の腕の内側に押し付けた。 「ヒグッ、えっ、えっ、ぅぅっ…」 グシグシと涙を拭う動きにつられて、ガシャガシャと手錠の鎖が鳴る。 苦しげな呻き声と鈍い殴打の音。真鍋の「鍵を出せ」とか「早くしろ」とかいう声が、後ろの方から聞こえていた。 「ふっ、はっ、あぁ…」 カシャン、と外された手錠から、解放された手がパタリと落ちる。 ジーンと痺れるように熱くなった指先を、火宮がそっと掬い上げてくれた。 「大丈夫か?」 「っ、ん、はい…」 「それを、入れられていたのか」 ギロッと憎しみを込めて火宮が睨んでいるのは、ベッドの上にころんと転がっていたバイブで。 「っ…」 ぎゅっ、と目を瞑って、コクンと頭を上下に小さく動かしたら、ぶわっと火宮からどす黒いオーラが湧き立った。 「野郎…」 ギリッ、と歯の軋む音が聞こえたような気がした。 火宮らしくない粗野な言葉と、燃え盛るような怒りが噴出する。 「真鍋」 するりとベッドを降りた火宮の呼び声に、真鍋が無表情のまま頷き、捕らえた霧生をスッと立ち上がらせた。 「っ…」 「ぁ…」 うわ。痛そう…。 足音もなくスッと霧生の前までたどり着いた火宮が、なんの予備動作もなしに、ドスッと拳を霧生のボディーに叩き込んだ。 真鍋に後ろから捕らえられたまま、無防備に晒されていた霧生の身体がガクッと二つ折りになる。 「うぐっ、う、ぇっ…げほっ、かはっ」 苦し気に顔を歪めた霧生のむせた口から汚物が漏れた。 「クズが」 「っ、ひ…」 両肩を捉えた火宮が、霧生のみぞおちに痛烈な膝蹴りを入れる。 苦痛に目を見開いた霧生が、ガクッと首を落として俯いた。 「真鍋」 「はい」 火宮の呼び声で、グイッと霧生の髪を引っ掴んだ真鍋が、項垂れた頭を無理やり上向かせた。 「ひぃっ…あぐ、うぐぐ…」 スゥッと薄く目を細めた火宮が、ドスッとまた1つ、重い拳を霧生の脇腹に叩き込んだ。 「あぁ…」 これがヤクザの火宮だ。 他人に暴力をふるうことを躊躇わず、まるで息をするかのように自然に鮮やかに、次々と霧生を痛めつけていく。 純粋な暴力だけを霧生に与え続ける火宮に、じわり、と新しい涙が目に盛り上がったのを感じた。 「ひ、みや、さん…」 ずりずりとベッドの上を這って、どうにか床に降り立つ。 ピリッと痛んだお尻には気づかない振りをして、俺はふらふらと火宮の側に近づき、そっと火宮の二の腕に触れた。 「火宮さん…」 ツゥーッと目から零れ落ちた涙が、頬を濡らす。 フルフルと意味なく左右に振った頭から、ぱらぱらとその涙が散った。 「じん…」 拒絶の気配がないことに後押しされ、俺は未だ苛烈な空気を纏う火宮にギュッと抱きついた。 ふわりと鼻を掠めた火宮の匂いが、じーんと全身に広がっていく。 あぁ、大丈夫だ。 この人の心は、ちゃんと落ち着いている。 トクン、トクン、と一定のリズムを刻む鼓動に安心して、俺はそっと火宮を見上げた。 「翼」 ふ、と張り詰めた空気を一瞬で消し去った火宮が、ゆっくりと頷く。 「会長」 「あぁ、連れていけ」 ぐったりと力を失くし、ボロ雑巾のようになった霧生を一瞥もせずに、火宮の瞳は真っ直ぐに俺だけを映してくれていた。

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