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第484話

ふと目を覚ましたときには、ちょうど七重組本家の門を、車が通り抜けたときだった。 相変わらずどこの大庭園だ、と思うようなご立派な庭があり、その中を進んでいけば、屋敷と呼ぶに相応しい、大きな邸宅が現れる。 「ククッ、その寝ぼけ眼」 「んふぁぁっ、でもよく寝かせてもらいました」 小さく伸びをしながら身を起こした俺を、少しだけ名残惜しそうに見てくる火宮に、なんだかニヤニヤしてしまう。 「ったく、さすがはおまえだ」 「へ?」 「名だたるヤクザの総本山だぞ?そこへの訪問に、これだけ呑気なやつはいない」 「図太い、って貶してます?」 「度胸があって頼もしい、と言っているんだろう?」 スゥッと眇めた目で見られても。 「どうだか」 「クックックッ、ほら、出迎えだ。降りるぞ、奥さん」 「っーー!」 スーッと静かに停止した車の横に、ズラッと並ぶ黒スーツの面々。 アプローチの両側に綺麗に整列し、玄関先まで続く列に圧倒されてしまう。 「会長」 「あぁ」 後部座席のドアを開けてくれた真鍋に頷き、火宮がカツンと革靴の足を下ろす。 途端にザッ、と音がしそうな勢いで、最敬礼に頭を下げた男たちの列に、さすがの俺の頬も、ヒクッと引き攣った。 「翼」 クックックッ、という含み笑いが聞こえてきそうな背中が見える。 さすがに引いた俺を面白がってでもいるのだろう。 『このどS』 ポソッと、火宮に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で吐き捨ててやり、俺もそっと車外に降り立った。 互いに表面ではシラッと振舞っているのはなんだかなぁ。 だけど、「奥さん」と呼ばれた言葉の意味くらいは、俺だってちゃんと理解している。 『ククッ、その暴言。この場で仕置きしてやろうか』 俺にだけ分かる、火宮の流し目に、ギクリとした。 「やですよっ。バカ」 「ゴホンッ」 「っーー!」 やば。 うっかり口に出してしまった。 途端に真鍋から向けられた、わざとらしい咳払いと、壮絶に冷たい睨みにピキッと固まる。 『クックックッ』 馬鹿はおまえだ、と言わんばかりに火宮の肩が軽く揺れて、途端にザワッと周囲の空気が揺らめいた。 「あ…ぅ」 せっかく、「奥さん」呼びされた意味を察して、蒼羽会会長のツレとして恥ずかしくない振る舞いをしようとしていたのに。 「ハァッ」なんて額に手を当てて、呆れ返っている真鍋の溜息が、耳にザクザク突き刺さる。 「まぁ、それでこそ翼だ。行くぞ」 周囲の反応などまったく気にもせずに、スッと火宮が歩き出す。 黒スーツの人の列の間を堂々と歩く火宮に慌ててついて行きながら、俺はどうにも慣れないこの状態に、小さく身を縮めていた。

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