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第485話
中条に案内され、スラッと開けられた襖の向こうは、畳の広間だった。
上座には和装の七重が堂々と鎮座していて、その脇には鬼頭が控えている。
部屋の中央には、両脇を黒服の男に固められた霧生がいて、それを両側から眺められる位置に、数人の男たちが座っていた。
「火宮会長がおつきです。どうぞ、こちらへ」
居並ぶ男たちの1番上座側。七重からは斜め前辺りになる位置に、座布団が2枚並べて置かれていた。
「ご苦労」
「失礼します」
スッと七重にだけ軽く頭を下げ、火宮が悠然とその席に着く。
クイッと腕を引かれて連れていかれた俺も、その隣にちょこんと座った。
「うむ。これで面子は揃ったな。さて、今回蒼羽会、火宮から上申があった通りだが」
厳かな七重の声が響き、居並ぶ男たちが、頷いたり目配せし合ったり、ざわりと空気が動く。
中央に座らされ、まるで証言台に立たされた被告人のように、黙って静かに俯いている霧生は、なんのリアクションも見せなかった。
「事前に蒼羽会より提出された証拠書類一式、内容に相違ないか」
霧生にギロリと向けられる七重の視線は、物理的な力があるかと思うほど鋭く、俺が知っている「七重さん」じゃないみたいだ。
シン、と張り詰めた空気の中、霧生はスッと土下座の形に頭を下げ、「相違ありません」と、落ち着いた声を落とした。
「火宮」
「はい。俺は、オヤジと幹部会合で決定された処分に異論はありません」
「みなは」
「火宮会長がよろしければ」
居並ぶ男たちのうちの、1番俺たちに近い位置にいたおじさんが重々しく頷いた。
「相分かった」
七重の声に、ずしり、と室内の重力が変わった。
「っ…」
さすがに、この圧倒感には肌がピリピリと痺れる。思わず息を飲んだ俺は、知らず知らずのうちに、火宮のスーツの裾をぎゅっと握り締めていた。
ツン、と無意識に引いてしまっていた服の裾に火宮が気付いたのか。
途端に火宮に纏いついていたヤクザなオーラが、柔らかく変わって俺を包んだ。
「っぁ…」
まるで、大丈夫だ、と護られるようなその空気に、肩の力が抜けた。
ホッとして、思わず隣の火宮を見上げて微笑みかけようとした俺は、この場の重力の支配者がまたも空気を揺らしたのを感じて、ぎくりと動きを止めた。
「輝流会、会長、霧生に言い渡す」
凛とした七重の声だった。
「輝流会、並びに武良一家を、解散とする。会長霧生、総長武良の2名を、絶縁、除名」
「ッ…く」
がくりと項垂れた霧生が、静かに目を閉じた。
「諾」
「霧生、おまえはな、竜の髭をなで、虎の尾を踏んだ」
「ッ…?」
「うちのご法度を破り、逆鱗に触れただけではなくな」
「ふ、ぅ、ぅっ…」
パチン、と、七重が不意に、僅かに開いた扇子を閉じた。
「その子は、竜玉であり、虎の子だ」
知らなかったか?と冷たく唇の端を吊り上げた七重に、霧生が目を剥き、唇をわなわなと震えさせた。
「連れて行け」
「はっ」
もう、霧生に見向きもしなくなった七重の前から、霧生が両脇にいた男たちに引き摺られていく。
『きみが…』
広間を連れ出されていく霧生の視線が、明らかな意志を持って俺に向けられた。
『きみが羨ましい…』
きみになりたかった、と、最後に尾を引く断末魔を、霧生が俺に残していった。
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