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第487話
結局、七重の我儘は、広間にやって来た鬼頭と真鍋も巻き込んで、諦めさせることに成功した。
「よかったです。もし本当に七重さんが来ることになったら、護衛の人とかお付きの人とか大袈裟なことになりそうだし、色々と気が気じゃなさそうですもんね」
せっかくのバカンスなんだから、やっぱりあまり気兼ねなく楽しみたい。
「ククッ、そうだな」
『この上オヤジまで増えたら、翼と2人きりのバカンスに移行させるのが面倒になる』
「え?何か?」
ぼそりと火宮が何かを呟いたような気がしたけれど、シラッと書類を繰っているその横顔を見る限り、どうやら気のせいか。
次々に流れる車窓の景色に重なって、火宮の整った綺麗な横顔が色の濃い窓ガラスに映っている。
「鼻たかー。はーぁ、イケメン」
「ククッ」
「っ!あ、違っ…」
やば。ぼんやり内心に浮かべただけのつもりが、うっかり恥ずかしいこと口に出しちゃった。
「ククッ、自分の男に見惚れて、感心か?まったくおまえは、可愛いな」
に、ぃっ、と意地悪く崩れていく火宮の口元が、窓ガラスから不意に隠れた。
「っ!」
代わりに映ったのは火宮の後頭部で。
いつまでもガラス越しにそちらを見つめていた俺は、ふと焦点をずらした目の前に、迫ってくる火宮の顔を見つけて、ギクリと身を強張らせた。
「ククッ、長い睫毛、口よりものを語る目」
「っあ…」
「形がいい鼻、柔らかな頬っぺた」
「っーー!」
「暴言を紡ぐのが趣味な唇。けれど時々デレる」
っ!
チュッ、チュッ、と音を立てて、言葉の次には、言葉にされた場所にキスが落ちる。
「艶かしくて、感じやすくて、心地のいい口内」
「んーっ!」
ヌルッと入り込んできた舌に歯列を割られ、顎裏を舐め上げられれば、俺はゾクゾクと呆気なく快楽の虜になった。
「はぁっ…堀之内。運転をぶらせるな」
「す、す、すみませんっ」
「いい加減にこの方たちのコレには慣れたらどうだ?」
「真鍋幹部はっ、まったく動じなくてすごいですっ…」
会長の生キスですよ?しかもディープなやつー!と、ひぃひぃ言っている運転席からの声が聞こえる。
「んっ、あっ、だ、め…火宮さ…」
こんな車内で。
そんなにされたら、もう勃つからー!
「ククッ、こちらも、舐めるか?」
「っ、バカッ…」
ズボンの中心をサラリと撫でられて、さすがに俺は慌てた。
「会長がフェラッ?!」「いや、それよりバカって…」とワタワタした声が聞こえて、車が左右にフラフラ揺れた。
「「堀之内、運転」」
ビシッと2つの美声が重なって、ピキーンと運転席で背を伸ばした堀之内の姿がバックミラーに映る。
「ククッ、俺はなんでも3倍返しだ」
「まったく…。さすがに車内でおっ始めないでくださいよ」
はぁっ、と呆れ果てた真鍋の溜息と、火宮の愉しげな笑い声が重なり。
「3倍って…」
あぁ、2つ褒めたから6箇所褒め返して、熱く見つめたから、キスと、フェラに?え?その先を考えたら…。
「バカ火宮ぁっ!なっ、なっ、なに…」
真鍋の釘刺し発言の意味の正しさに気がついて、俺は色々な意味でぼんっ、と顔を熱くした。
途端にキュキュキュキュッ、とタイヤを軋ませて、車が急停止する。
「だから、堀之内!」
「ひぁぁぁ、すみませんっ」
見れば停止線を微妙にオーバーの赤信号で止まった車。うっかり運転席の背もたれに突っ込もうとした俺の身体は、ちゃんと火宮の腕に抱き込まれていて。
「チッ」
代わりにドカッと、火宮の容赦ない蹴りが、運転席のシートに炸裂していた。
「ひっ、すみませんっ!」
「まったく。後で仕置きだ」
あー、真鍋さんの冷たい声。なんか悪かったかな。
「おまえもだな、翼」
暴言、と唇を指でスッとなぞられて、ピシッと身体が固まった。
「すみませんっ、真鍋幹部!」と平謝りの堀之内の声が聞こえる中、俺も内心で冷や汗ダラダラだ。
「まぁとりあえずは、先に昼食だ」
「社に向かう前に済ませていくのでよろしいですか?」
「あぁ。この悪さが過ぎる口に、まずは美味いものを食べさせてやる」
ニヤリ、と片頬だけを器用に吊り上げる火宮の方が、よっぽど悪さを企んでいるくせに。
「わざわざ上げておいて、後で落とす、とか」
さすがどSー。
「ククッ、だからそういう暴言の仕置きだと」
「っ!俺、口に?」
「しっかり出ているぞ」
やば…。
うっかり墓穴を掘り下げている俺の前では、堀之内が、「青だ。ぼさっとするな」と、真鍋に叱られ、身も凍る冷気に晒されていた。
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