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第492話
「まったく、おまえは」
その「おまえ」が、俺を指すのか夏原を指すのか分からなかったけれど、火宮の穏やかに細められた目はこちらを向いていた。
「それよりも、随分と色々買い込んできたようだが…」
「えっ?あ、そうなんです。見たらあれもこれも欲しくなっちゃって」
アメリカンドッグに、唐揚げ、ソフトクリームにスナック菓子と、座席に置いた俺に、火宮が苦笑している。
「あっ、火宮さんにはブラックコーヒー!買ってきましたよ」
はいどうぞ、と、チェーン店のものであれだけど、熱々のホットコーヒーを手渡す。
「ククッ、気を使わなくていいものを」
「でも、真鍋さんにも夏原さんにも買ったから」
ご馳走様です、とカップを助手席で掲げて見せた夏原が笑う。
「そうか」
できた嫁だ、と頭を撫でられて、なんだか複雑だ。
「あー、藍くんとか紫藤くんにも奢っちゃいましたけど」
「おまえにやった金だ。どう使おうが構わない」
「ありがとうございます。浜崎さんには全力で遠慮されて拒否されちゃいましたけどね」
半ばパニックになっていた浜崎を思い出すと笑ってしまいそうになる。
「池田さんも来れたら良かったのに…」
今回の同行メンバーに、初めは入っていたけれど、怪我が完治していないせいで、お留守番になってしまったんだ。
「謹慎は解けたが、あの身体で来られても、護衛はおろか、雑用も出来ないぞ。そんな身で参加させるより、ゆっくり療養させてやるのが池田のためだろう」
「ん。そうですね…」
みんなで楽しく遊ぶところに参加出来ないのは残念だけど、お仕事が出来ない身で居たたまれない思いをさせるよりかはいいか。
池田のことだからきっと、何もしないでみんなが働いているのを見ているとか出来なさそうだし…。
「幹部さんなのにね」
まったく偉そうなところがないし、威張っているところとかも見たこともない。
「ククッ、おまえ今、いい人だと思っただろう?」
「え?あ、はい」
なんで分かるかな。
「クッ、ヤクザにいい人ねぇ?」
「う…。だってでも、俺にはいい人ばかりですもん」
火宮だって真鍋だって、浜崎だって、言えば七重だって。
「ククッ、本当におまえは相変わらず」
「ふぇ?」
「クッ、ほら、ケチャップがついているぞ」
「っあ!ちょっと…」
ペロリと、口の端を突然舐められてドキリとする。
「しょっぱいな」
口直しだ、と、今度は右手に持ったソフトクリームをペロリと舐められる。
「っ!俺の!」
「あぁ悪い。返すぞ」
「っ、ちょ、んっ、んンッ…」
こーのー人はぁっ!
ヌルッと口内に侵入してきた舌が、ソフトクリームを俺の舌に絡ませていく。
ひやりと冷たく塗り込められたクリームが、溶けたところでベロリと上顎を舐め上げられた。
「んっ、ふ、ぁっ、んっ…」
やばい。
だから、気持ちいいんだってば…。
うっかり快感を拾い上げ、ゾクゾクとなってしまった身体に、震えが走る。
間近に見える火宮の漆黒の瞳の中に、トロンと落ちた目をした、いやらしい顔の俺が映っていた。
「んっ、あぁ…」
クチュッと音を立てて離れていった火宮の唇と俺の間に唾液の糸が引き、ニヤリとゆっくり火宮の口元が弧を描いた。
「ごちそうさん」
「っーー!バカ火宮っ」
ソフトクリームの甘さなんだか、火宮に与えられた口付けの甘さなんだか分からなくなった口からは、思わずいつもの暴言が飛び出してしまう。
「クックックッ、今度は仕置きか?」
ニヤリ、とサディスティックに持ち上がった頬が見えて、俺は慌てて首を左右に振った。
「そう遠慮するな」
「してませんからっ!っていうか、溶ける!落ちるっ…」
キシッ、と迫ってきた火宮から身を引けば、両手に持ったソフトクリームとアメリカンドッグが落下の危機だ。
「その組み合わせを同時に食べられるおまえの味覚は謎だな」
美味いか?と笑う火宮の眉はしっかりと寄っている。
「自分だって」
ケチャップを舐めて、ソフトクリームを食べたじゃないか。
ついでに俺も食われたけれど。
「ククッ、おまえの唇が1番美味かった」
「っーー!」
バカ!
思わずボンッと顔を熱くして、キッと火宮を睨みつけた俺を、火宮が心底愉しそうに眺めていた。
「いいなぁ…」
俺も能貴とイチャイチャしたい、と、ボソッと呟かれた助手席からの声は、とりあえず聞かなかったことにしておこう。
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