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第494話

「クックックッ、気に入ったか?」 「はいっ!すごい!うわぁ。あっ、あそこに埋まっているのはまさか」 「あぁ。ジャグジープールだな。温水だ」 「ほわぁぁぁっ」 ドーンと大きな壁一面のガラス窓の向こうに見えるそれには、もう驚きと感動しかない。 「ふっ、落ち着いたら入ればいい」 「えっ、じゃぁ早速…」 せっかく遊びに来たんだ。 まったりしている時間がなんか惜しい。 「おいおい。そう慌てるな。まずは遅い昼食だが、バーベキューをするんだろう?今、部下たちが準備をしているから、少しだけ待ってろ」 「えー。うー。あっ、じゃぁその間、少しだけその辺を散策してきます!」 じっとしているなんてもったいない。 他の部屋とかリビングとかお風呂とか敷地内のあれこれとか。どうせなら全部見て回りたい。 「は?あっ、おい、翼」 「行ってきまーす!」 後ろで火宮が何か言っていたけど、構わず俺は嬉々として部屋を飛び出した。 「あっ、藍くん!」 廊下を適当に進んでいたら、ふと豊峰に遭遇した。 「あぁ、翼」 「ねっ、藍くん暇だよね?一緒に別荘の中を散策しない?」 後ろにはちょうど紫藤もいるし。 「あー、わりぃ、俺、バーベキューの準備手伝わねぇと」 「え?」 「ほら、俺、一応使用人だし?真鍋幹部にも言われているからさ」 なんだそれ。 「藍くんは今回、俺の友人として参加してるんじゃないのー?」 「や、でもそこはほら…」 「あー、まぁ、そっか…」 真鍋にこうしろ、と命じられて、それに逆らえる人間なんて見たことないしね。 「真鍋幹部の命令は絶対だぜ。もし無視でもしようものなら、後がどうなるか、怖ぇよ」 「ちぇ。じゃぁ紫藤くんは…」 「藍が手伝うんなら、僕もついて行くよ」 「だよねー」 あぁつまんない。 まぁ、紫藤が豊峰を置いて俺に付き合うわけがないけどね。 「仕方ないから、1人でフラフラするか…」 「はっ、それこそ、会長サンを誘ったらいいんじゃね?」 何をボケてんの、って言うけどさ。 「だって火宮さんの持ち物なんだし、今更見て回ってもなんの新鮮味もなくない?」 「そうかぁ?おまえと一緒に見て回る、ってのがいいんじゃねぇの?」 会長サンは喜ぶだろ、って言われてもねぇ? 「そうかなぁ…」 部屋でゆっくりしていたい、って断られそうな気がするけど。 「分かってねぇな」 「えっ?」 はぁっ、と豊峰が大袈裟な溜息をつきながら苦笑して、紫藤がその後ろでクスクス笑っている。 「なに?」 なんか感じ悪い…。 俺だけ意味がわからずにムッとしたところで、ふと翻るひと房の長い髪が見えた。 「あれ、きみたちお揃いで」 「あっ、夏原さん」 もうこの際、夏原でもいいかも。 「ねっ、夏原さん、今お暇…」 「きみたち能貴を見なかった…ん?火宮翼くん?」 思わず被ってしまった声に、俺はがっくりとなった。 「そうですよね。夏原さんは真鍋さんの追っかけに忙しいですよね」 誘おうと思った俺が馬鹿だった。 「ん?」 「いえ、見ていませんけど…バーベキューの準備を仕切っているんじゃ?」 「それがいないんだよねー。もう、どこに隠れちゃったのかなぁ?」 部屋にもトイレにも風呂場にもいないし、と首を傾げる夏原は、どれだけあちこち探しまくっているのか。 「ね、もし見かけたら、俺に教えて」 これ、携帯番号、と言いながら、名刺を渡してくる夏原に、豊峰がブンブンと首を振った。 「す、すみませんが、真鍋幹部は売れませんっ」 「えー、きみ、もうすでに能貴に飼い慣らされちゃっているの?すっかり調教済みみたいで…」 面白くない、と光る夏原の瞳が妖しい。 「ふふ、僕は喜んで」 「いいね。きみとは仲良くなれそうだよ、紫藤和泉くん」 にこり、と笑いながら名刺を受け取る紫藤が黒い。 「お、俺は中立で!」 火宮から、重々、真鍋と夏原のことに首を突っ込むなと言われているし。 「クスクス、まぁきみは、火宮会長一択だよね」 「あはは」 仕方ない、と微笑んでくれる夏原にホッとする。 「さぁてと。じゃぁ後探していないところは…」 ふと、夏原が踵を返そうとしたところに、新たな人の気配が加わった。 「豊峰、こんなところでサボっていたのか。あぁ、翼さんもこちらに。あなたは会長が側にいろと…夏原先生」 うわ。その露骨に嫌そうな顔。 順番に俺たちを見て、最終的に夏原の下で止まった視線が、明らかに面倒くさそうに揺れた。 「能貴ーっ」 「邪魔です」 「うん、クール。そこがたまらない」 瞬間的に抱きつきに行って、何やら持っていたファイルでベシャッと顔面から拒まれてもめげないその根性に乾杯だ。 「痛そ…」 「ふふふ、まさか能貴の方から俺を探し当ててくれるなんて」 「あなたに用はありません。私は豊峰を呼びに来たのと、会長のご命令で翼さんを連れ戻しに…」 もう片方の手に持たれたスマホは、火宮からの連絡を受けていたからか。 「って言う口実で、俺を探してくれたん…んぐ」 「うわー」 それ、大事な書類じゃ…? 減らない夏原の口に、思いっきり突っ込まれたのは、ファイルから取り出された1枚の紙で。 「行くぞ、豊峰。準備の時間が押している。翼さんも、早急に会長の元にお戻り下さい」 「は、はいっ」 「はぁい…」 ペッペッと書類を吐き出している夏原の横で、シラッと冷たい顔をしたままの真鍋が、豊峰を連れて行ってしまう。 「使えない…」 チラリと夏原を見た紫藤も、ハァッと盛大な溜息をついて、豊峰たちの後を追って行ってしまった。 「だ、大丈夫ですか?夏原さん」 「ふふふ、本当に、釣れないねぇ。でもこれは、追いかけて来い、ってメッセージかな」 クスクスと、やけに愉しげに笑った夏原が、しわくちゃになった書類を伸ばして、嬉しそうに中身を見ている。 「え?」 「どう見ても、今すぐ必要な、警備配備図と、ローテーション表でしょ、これ」 ニヤニヤと笑いながら、「今届けに行くよー」と真鍋を追いかけて行く夏原のポジティブさにはもう呆気にとられるしかない。 「でも真鍋さんがそんなヘマをするとは思えないけど…」 どうせコピーかなにかの、いらない書類じゃないんだろうか。もしかしたらボツとか。 「罠でしょ」 真鍋が大事な書類をみすみす置いていくなんて考えられない俺は、ちゃんとそのことを見破っていた。 けれど、その罠に掛けられているのが、俺と2人きりになりたい火宮の命令で、俺自身なんだってことにまでは、この時点では、俺はまったく気づいていなかった。

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