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第504話

そうして、クルーザー上でのディナーを楽しみ、月明かりの柔らかい光の中で、何度も何度もキスを交わし合い。 十分満足したクルージングを終わらせて、俺たちは陸上に戻ってきた。 「楽しかったー」 うーん、と伸びをして、別荘のリビングルームに足を踏み入れた俺は。 「なっ…一体なにが…」 思わずあんぐりと口が開いてしまうほど、大混乱の有様になっている室内に、ピタリと足を止めた。 「ッ、おかえりなさいませ、会長。翼さん」 珍しく、ぎこちなさが明らかに分かる表情で、真鍋が俺たちを出迎えてくれた。 「ふっ、これはまた、何事だ」 スゥッと目を眇めて室内を流し見る火宮に、俺も隣でコクコクと頷いてしまう。 だって室内には、お酒の匂いが充満していて、床にデロンと潰れているのは、護衛名目でバカンスについてきた蒼羽会の部下さんたち。豊峰もどうやらグダグダに酔っ払っているらしく、ソファの上に伸びて紫藤に介抱されていた。 さらに見れば、部屋の隅には、何故か口にばってんテープを貼られ、発言の自由を奪われている夏原がいて。 ワタワタと1人甲斐甲斐しく散らかったおつまみだったのだろう残骸と空の酒の瓶や缶を拾い集めている浜崎がいた。 「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。どうぞこちらはお気になさらず、お部屋の方へ…」 スッと俺たちの前に立ち、相変わらずの無表情に戻った真鍋が淡々と促してくる。 「気にするなって言ったって…」 これをスルーするのは、中々難しい話だ。 火宮もそうだったのだろう。隣でシニカルな笑みを浮かべて、真鍋が防ぎきれない隙間から、室内の様子をジロジロと眺めている。 「ぷっ…」 部屋の隅に座らされている夏原が、ウインクなんかしてひらひらと手を振ってくる。 「翼さん?……夏原先生」 つい吹いてしまった俺の視線を追った真鍋が、後ろを振り返ってギロリと夏原を睨んでいた。 「ククッ、まぁ、思い切り羽を伸ばせたようじゃないか」 火宮の口から出るのは、完全な皮肉だ。 「はぁぁぁっ、あなた方も。充実したお時間を過ごせましたようで」 よかったです、と微笑む真鍋の目だけが笑っていなかった。 「じゃぁな。後始末だけはきちんとしておけよ」 行くぞ、と腕を取られ、俺はフラリと螺旋になっている階段の方へと連れて行かれてしまう。 「ちょっ、え?あのっ…」 まさかこれ、本気で放置? 「こんなものは、真鍋に任せておけばいい。おまえが頭を突っ込むな」 「あ、う、はい…」 ややこしくなる、と言われてしまえば、俺に敢えて火宮に抵抗する理由もなく。 「さて。今度は部屋で…」 「え?」 「ゆっくりするか」 にこり、と弧を描いた火宮の目元と口元は、なんとなく胡散臭かった。

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