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第508話

「ハァッ、ハァッ…きゅうじゅうきゅう」 徐々に下に下がっていった火宮の唇が、左右のアキレス腱近くにチクリとした感触を残し、ラスト1箇所までカウントが進んだ。 「さて、最後だ」 どこにする?と悪戯っぽく揺れた火宮の声が聞こえる。 「んっ…ひ、みや、さ…」 「ククッ、つけたい場所が1つあるが…」 「………?」 ふと躊躇する火宮に、首を傾げれば。 「剃るか」 「っ?!」 スルリと股の間に滑り込んできた手がサワサワと下生えを撫でて、火宮の言う場所の意味が分かった。 「やだっ。嫌ですっ」 抱えていた枕を放り出し、ジタジタともがいて火宮から遠ざかろうと匍匐前進する。 「こら、逃げるな」 ガシッと足首を掴まれて、ガクンと止まった身体がボスッとベッドに突っ伏した。 「うっぷ…やだ、やだ、嫌だぁ」 バタバタと手足を振り回して、どうにか火宮の手を振り払おうと暴れる。 「ククッ、つるつるになったおまえも可愛いと思うが」 「嫌だぁっ!」 「まぁ今回はやめておくか」 「っ…」 今回『は』ってなに! 次回なんてないからっ。 思わず後ろを振り返って、ギッと火宮を睨んだら、それはそれは愉しそうに、目を細めて俺を見つめていた。 「ククッ、ラスト1つは、ここだ」 ぐるんと表に身体を返されて、ギシリと火宮が伸し掛かってくる。 「っえ…?」 ゆっくりと、アップになった美貌が、鮮やかに微笑んで、優しく柔らかい感触に唇が包まれた。 「ふっ、ぁ」 じわ、と広がる幸福感と心地よさに、目がトロンと落ちてしまう。 チュクチュクチュと吸われる唇は気持ちよくて、馴染みの感触に安心感を覚える。 あぁ、好き。大好き。 ジーンと胸を満たすのは、ただ目の前のこの人が愛しくてたまらないという感情で。 ドキリと胸を刺すのは、好きだ、愛していると狂おしいほどに伝わってくる火宮の想いだ。 「んっ、あ…」 チュッ、と音を立てて、離れていった火宮の唇と俺のそれとの間に唾液の糸が引き、あらゆる場所を吸い尽くした火宮の赤く腫れた唇が、ニヤリと艶やかな笑みをはいた。 「刃?」 最後のキスマークと言ったけど、唇に痕ってつくのだろうか。 ふらりと火宮を見上げて、そっと自分の唇に指先を触れさせて首を傾げる。 「ククッ、ラストに痕を残したのは…」 「っ?…む、ね?」 いや、違う。 心か。 「っ、もう、あなたは…」 優しい柔らかいキスが残していったのは、俺の心のその中に、決して消えない愛を1つ。 「ククッ、これで百だ」 それはそれは満足そうに、薄く細めた目で俺の全身を見下ろす火宮に、ドキリと鼓動が跳ねた。 「っーー!改めて見ると、これ…」 凄すぎ。 「綺麗だ、翼」 「っ、ばか…。明日の海水浴、どうするんですか…」 あまりに愛おしそうに呟くから、恥ずかしくなってつい憎まれ口を利いてしまうじゃないか。 「ククッ、ラッシュガードも買っただろう?」 「なっ、は?いやまさか…」 あれは日焼け防止と、まぁ火宮お得意の独占欲を満たすためで…って、え? 「け、計算?」 本当に、この人はどこまで先を見て行動しているのだろうか。 「ククッ、安心しろ。見える位置にもたくさんある」 「はぁぁぁっ?」 言われて押されて気づくけど、確かに首の顔に近い方とか、足についたものはどうしたって隠れないよね! 「結局!」 ラッシュガードを着て隠せるのは、上半身の表と裏だけで…。 「じゃぁどうするんですかっ、これ」 「ククッ、ならば奴らと別行動で、2人きりで海水浴を楽しむしかないな」 ニヤッと片方だけの口角を器用に持ち上げた火宮の、悪巧みが成功したと言わんばかりのその顔は…。 「火宮さんーっ!」 あぁ、そっちこそが本当の計算だったのか。 だけどまぁ、そんな風に独占欲を剥き出しにして、全力で俺を搦め捕ろうと頑張っちゃうあなたが、愛おしくて可愛いなんて思っちゃうんだから、俺も相当重症だ。 「あなたにメロメロ」 ひゃくいち、と笑って火宮の唇に伸び上がって触れるだけの軽いキスを。 同時にカチンと触れた指と指のリングが、涼しい音を立てた。

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