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第509話
翌朝。
のんびりと目覚めた俺は、ぼんやりする頭をそのままに、トントンと階下に降りて行った。
すっかり綺麗に掃除されているリビングを通り過ぎ、続きになっているダイニングに向かう。
そこには、立派なビュッフェ形式の朝食が用意されていた。
「わぁ、すごい。これ、浜崎さんが?」
料理の並んだテーブルの前に立っていた浜崎に尋ねれば、にこやかな笑顔が返ってきた。
「あ、翼さん、おはようございます」
「すごーい、ホテルの朝ご飯みたい」
「はは、プロの料理人に手伝ってもらったっすから。いや、おれが手伝ったのか」
どうやら火宮の手配で、どこぞのレストランのシェフを出張させていたらしい。
「えっと、みんなは?」
まだ一切手をつけられていない料理を見て尋ねれば、浜崎が苦笑して首を振った。
「蒼羽会(うち)の護衛の面々は、酒抜きの運動…という名の、真鍋幹部からのお叱りとしごきの罰朝トレ中で別室に」
「あららら」
「その真鍋幹部は朝から何やら事務所に指示を出すとかで仕事中で、夏原センセはそれに付きまとっていました」
「あぁ、なるほど」
それぞれ忙しそうだな…。
「会長はシャワー中っすか?お見かけしていないっすけど…」
「え?そうなんだ…」
俺も今朝はまだ見ていないんだけど。
「豊峰たちは…あ、ちょうど来たみたいっすね」
浜崎の視線を追って後ろを振り返った俺は、カチャンと開いたリビングのドアから、豊峰と紫藤が入って来たのを見つけた。
「おはよ…って、どうしたの?」
ヨロヨロとなりながら、紫藤に支えられて豊峰が歩いてくる。その身体がどうもビクビクと紫藤に怯えているように見えた。
「ん?あぁ火宮くん、おはよう。別に何もないけど?」
にこりと鮮やかに微笑む紫藤は、いつも通りの紫藤で。
「はよ…。べ、つになんも。ただ、ちょっと二日酔いなだけ…」
ススーッと気まずそうに俺から目を逸らし、ボソボソと呟く豊峰は、どうも挙動が不審だ。
「え?あれ?え?」
なんかこの2人…。
もしや昨夜、あれから何かあったのだろうか。
やけにおかしな態度の2人に首を傾げたら、紫藤の揶揄うような視線と、豊峰のキッとした睨みが向いた。
「だから、なんでもねぇって!それより、おまえの方だろ?」
「へっ?」
「くすくす、すごいよねー、それ。会長さん?」
「それ?」
どれ?と、紫藤の悪戯っぽい視線を追って、ふと考えた俺は…。
「っ!」
やばい、キスマーク…。
ハッとして首元を押さえた俺に、紫藤の楽しそうに揺れる声と、豊峰の呆れ果てた溜息が落ちた。
「そこだけ隠してもな…」
「っ、だって!」
あぁ、分かってますよ。うっかり寝起きの部屋着のまま、半袖、ハーフパンツで降りてきてしまった俺の、露出されている手足にも、これでもかというほど付いているキスマーク。
「ご盛んなことで」
「っ、本当、バカ火宮…」
まぁすっかり跡のことを忘れて、長袖長ズボンを着てこなかった俺も悪いけど。
「ん?誰がなんだって?翼」
「ひっ!」
い、いつの間に。
いきなりフッと背後に湧いた火宮の気配に、俺はビクリと飛び上がってそのまま固まった。
「会長っ!おはようございます」
「どうも、会長さん、おはようございます」
「会長、おはようございます…」
浜崎、紫藤、豊峰がそれぞれ挨拶をしながら頭を下げる中、俺だけがピシリと固まったまま動けない。
「あぁ。で、翼?昨日の今日で、すでに懲りない暴言が聞こえてきたようだが?」
気のせいか?と笑う火宮のサディスティックな声色に、俺の背中を冷や汗がダラダラと伝う。
「翼」
フッ、と耳元に吐息を吹き込まれ、ガシッと頭を掴まれた俺は、ギギギ、と音がしそうなぎこちなさで、恐る恐る火宮を振り返る。
「ククッ、そもそもこの痕たちは、なんでつけられたのだったか?」
まさか忘れたわけではあるまい、と言っている火宮の目に、俺はヘラリと愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「ご、めんな、さい?」
忘れてない。
昨日うっかりエロおやじなんて呟いちゃったお仕置きに、百の跡をつけられたんだ。
「クッ、なんで疑問調だ」
「ったぁ…」
おまえは、と、ビシッとデコピンをされて、俺はクゥッと額を押さえて蹲る羽目に陥った。
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