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第510話
「まぁいい。ほら」
なかなか容赦のないデコピンの威力から、なかなか立ち直れない俺の頭の上に、バサッと上着が降ってきた。
「あ。ありがとうございます」
冷房も完備だから、長袖のシャツを羽織っても、暑いことはない。
スルリと腕を通し、ゆっくりと立ち上がった俺は、そのままひょいと火宮に腰を抱かれた。
「飯にするか。ほら、どれを食べる?」
浜崎、皿。と手を突き出した火宮に、ビュッフェ台の方へと誘われる。
「え、あの…」
豊峰たちは完全スルー?と慌てた俺が、後ろの2人を振り返ったら。
「藍の分は僕が適当に取ってきてあげるから、先に座ってなよ」
「はぁ?んなこと言って、苦手なモンばかりよそってくるんじゃねぇだろうな」
「そんなことしないよ。藍の好みはちゃんと分かってる。それより、身体辛いでしょう?」
紫藤に支えられて、先に席に着く豊峰と、それをエスコートする紫藤の会話が聞こえてくる。
「え?え?あれ?」
いつも通りと言えばいつも通り。だけどなんとなく引っかかる。
コテンと首を傾げていたら、グイッと火宮に、ますます強く腰を引き寄せられた。
「やつらはやつらでよろしくやるそうだ。ほら、翼。おまえはこっちだ」
ニヤリ、と笑って、サクサクと料理を取り分けている火宮の手元をふと覗くと。
「だからあなたはーっ!」
鬼のようにパプリカが盛られたサラダに、にんじんばかりをこれでもかとよそわれたスープ。どう見たって嫌がらせの境地としか思えないそのチョイスに、俺のどこかがプチンと音を立てた。
「この意地悪どSバカ火宮ぁっ!」
自分でよそう!と浜崎から皿を引ったくり、火宮の腕を振り払って俺はズカズカとビュッフェ台の前を移動する。
「ククッ、おまえは本当に、懲りない、飽きない、可愛いぞ」
「っな!」
ガチャンッ!
スッと近づいてきた火宮の愉しげな声と共に、スルリとお尻を撫でられて、俺は思わず皿を取り落とした。
「っあぁぁ、俺のオムレツ」
皿に乗せていた美味しそうなオムレツは、落ちた皿と共にご臨終なされて。
「っ!バカひみ……んっぷ」
くるんと振り返って、思い切り叫んでやろうと大口を開けた瞬間。
サックサクの最高に美味しいクロワッサンが、その口の中に突っ込まれた。
「好きだろう?」
「っ…」
それはパンが?
それとも意地悪な火宮が?
スゥッと薄く眇められた火宮の目には、愉しそうな光が揺れていて。
「んぐ…。ふーんだ。どっちもです」
ニッ、と笑って、負けるものかと胸を反らせて言い放ってやる。
途端に、火宮の頬に、花が綻ぶような、鮮やかな笑みがふわりと咲いた。
「朝っぱらから熱い…」
「朝からラブラブだね。ご馳走さま」
「かっ、かっ、会長の笑顔!マジもんの笑顔!やばいっす。悩殺モン!鼻血吹く!あぁおれ、昇天するっすー」
そういえば、すっかり忘れていた浜崎たちがいたんだった。
ガヤガヤと言っている声が聞こえてきて、俺はカァッと恥ずかしさに頬を熱くした。
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