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第512話

そうして、本当にスイカ割りが出来る状態が整えられ、火宮がスッと姿勢良く棒切れを構えていた。 その目には、視界を遮るように白い紐状の布が巻かれ、後頭部で余った部分がヒラヒラと海風に流れている様は、応援団のハチマキを想像させる。 片手で悠然と構えた棒切れは、何故か火宮が持つとスラリと美しい真剣のようにも見えて。 「こんなスイカ割りスタイルまで格好いいとか、もう何事…」 なにをさせてもイケメンというのは、もう何もかもを超越している気がする。 「ククッ、ほら、翼。見惚れていないで、早くナビゲートしろ」 「っ!べ、別に俺はっ、見惚れてなんか」 なんで視覚を奪われているのに分かるんだ。 「クッ、そうか?」 「っーー!」 この様子じゃ、見えていなくたって、スイカの位置くらいお見通しなんじゃないだろうか。 「ふんっだ。自力で当ててみてくださいよ」 見えないことをいいことに、んべ、と舌を突き出して意地悪してやる。 「ククッ、ではもし当てたら、褒美をもらおうか」 「は?え?」 ニヤリ、と弧を描いた口元から、布で隠されたその目が、サディスティックな光を宿しただろうことがなんとなく想像できた。 「いいだろう?翼」 「っ…。そ、れは…」 「ん?翼」 「っーー!じゃ、じゃぁもし外したら」 「なんだ」 「お、おしおきですよ?」 それならいいです、と、強気の発言に出た俺に、火宮の口元の笑みが深まった。 「受けて立とう」 スゥッ、と棒切れを上段に掲げて、火宮が迷いのない足取りで、スッ、スッ、と砂浜を進んでいく。 「っ…」 やばい。 そのままその方向に進まれたら、スイカの真ん前ドンピシャだ。 焦った俺は、手に汗握って、ドキドキと波打つ鼓動を押さえ込み…。 「み、右っ。もう少し右っ…」 切羽詰まった声で、わざと進行方向をずらすようなズルい言葉を、思い切り叫んでいた。 「ククッ、おまえは、本当に」 ニヤリ、と火宮の口元が最大級の愉悦に歪み、ふわりと愉しげなオーラが火宮から立ち上った。 それと同時に迷わず一歩を踏み出した火宮が、躊躇うことなくヒュンッと棒切れを振り下ろした。 パンッ、と小気味いい音を立てて、スイカが綺麗に真っ二つに割れる。 「っーー!」 確実にヒットした棒切れは、スイカのど真ん中。文句のつけようもない完全な大当たりに、俺はフルフルと唇を震わせた。 その俺の前で、スルリと火宮が目隠しを外す。 「っ…」 「ククッ、『もう少し右』か?」 ゆっくりと、火宮がこちらを振り返り、ニヤリ、と鮮やかに弧を描いた火宮の目が、意味ありげに俺に向けられた。 「っ、や、それは、そのっ…」 「人を嵌めようとするような卑怯者には、仕置きが必要か?」 「っーー!」 やばい。これ、完全にやばいやつ。 「ククッ、だが俺は寛大だからな。1度だけ、おまえにチャンスをくれてやろう」 ニヤリ、とサディスティックに笑って言われるチャンスなど、きっとロクなものではない。 だけど今の俺に、取りつく島はそこしかなくて。 「どんな…」 「ふっ、簡単なことだ。おまえも見事、スイカを割って見せればいい」 「っ!」 「当てれば先程の失言は許す。ただし外せば…」 一段声を潜めて、ニヤリと口角を上げて途中で言葉を濁すそれ。意地が悪くてどSなやり口でどうしようもない。 ごくりと喉が大袈裟に音を立て、ギリッと奥歯に力が入る。 「も、し、外したら?」 「騙すような嘘をついた仕置きを、倍、だ」 「っーー!」 確かに俺のメリットもゼロじゃない。 どうせされてしまうお仕置きを、チャラにできるか、倍にされるか。 それほど悪い条件ではない賭けだけど。 「ククッ、どうした、翼。当てる自信がないわけか」 「それは…」 「いいじゃないか。スイカ割り、楽しみたかったんだろう?スリルも追加で、楽しさ倍増だぞ」 まるで悪戯っ子のように、たちの悪い笑みを浮かべる火宮が憎らしい。 倍楽しいのはあなただけだ。 思わず叫び出したいのを、俺はグッと堪え、コクリと小さく顎を引いた。 スゥッと目を眇めた火宮に、やけに楽しげに目隠しと棒を差し出され、俺はソロソロと、震える指先でそれを受け取った。

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