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第517話

「っえー?」 ガバッと持ち上げた俺の顔の目の前に、バサリとシャツを脱ぎ捨てた、上半身裸の火宮の姿があった。 ベルトも外し、ズボンのまま、堂々とした体躯を晒し、ザブザブと波の中を進んでくる。 そんな火宮の姿に、俺は驚きすぎて固まったまま動けないでいた。 「え?えっ?ひ、火宮さん?」 「ククッ、なんだ。一緒に泳ぎたかったんだろう?」 ほら、なんて顎をしゃくられ、スィーッとまるで海中生物のような滑らかさで波間を移動する火宮を呆然と見つめてしまう。 「翼?」 ここまで来てみろ、と笑う火宮が、それはそれは美しく、波の間をするすると泳いでいく。 「っ、キレー」 息一つ乱さず、やかましく水を跳ね上げることもなく、キラキラと夏の日差しを反射する、水面をしなやかに移動していくその姿に見惚れる。 「翼?」 少し離れてしまった海面から、目を細めて俺を見る。ザパリと片手を海水から持ち上げて、そのままくしゃりと髪をかきあげる仕草が、ドキッとするほど色っぽい。 火宮さんの裸なんて見慣れているはずなのに…。 普段はインドア派な火宮の、決して日焼けしているわけではない上半身は、だからといって病的に色が白いわけでもない。 積極的に鍛えている姿は見たことがないけれど、引き締まった均整の取れた身体は美しく、そのあちらこちらに残る傷跡は、火宮の歩いて来た歴史を感じて愛おしい。 「来い、翼」 片手を広げて、当たり前のように命じるその声が、低く心地よく俺の耳をくすぐる。 「っ、火宮さんっ」 胸とか、やばい…。 どこ見てんだ!と自分で自分に突っ込みを入れながらも、普段はまじまじと見たことのない、陽の光に晒された火宮の裸にうっかりと魅入られてしまう。 邪な欲望をゾクリと浮かばせてしまいながら、俺はザパンと波を掻き分けて、火宮の胸の中めがけて泳いでいった。 「ククッ、捕まえたぞ」 「っ?ひ、みや、さん?」 「それとも俺が捕まったのか」 ザプンと横っ面から高めの波が押し寄せ、俺は反射的にぎゅぅ、と火宮の身体に抱きついてしまう。 「ククッ、攫わせはしない」 クイッと持ち上げられた顎を、その力のままに任せて上に向けたら、火宮の悪戯っぽく細められた目が、愉しそうに俺を見下ろしていた。 「ん…っ」 自然と互いの唇までの距離が縮む。 引き寄せられるようにゆるりと開いた唇は、これから与えられる口づけへの期待からだ。 「物欲しげな顔をして」 いやらしいな、と囁く火宮に、ゾクリと身体が震えた。 「んっ、あぁ…」 クチュッ、ピチャッと、唾液が混じり合い、舌が絡まり合う。 「ふ、ぅ、んっ、あっ…」 ゾロリと顎裏を舐められて、腰がガクガクと勝手に揺れた。 「ん、あぁんっ、はっ…ンッ」 ゆらり、と波に揺られた身体に誤魔化して、ぐいと腰を火宮の身体に擦り付ける。 「ククッ、なんだ、誘っているの……」 「っわ、っぷ!」 ニヤリ、と悪戯な笑みを作りかけた火宮の顔が、不意に押し寄せた波に消えた。 同時に俺の頭の上からも、ザパンと海水が降り注ぐ。 「ゴポッ…ガボッ…」 もつれて絡み合うように波に揉まれながら、俺たちは手に手を取って、一緒に海面に顔を出した。 「ぷはっ!」 「ふっ、は」 バシャァッと振り払った海水の間から、互い顔を見つけて、目を見合わせる。 「ぷ、ははっ、あはははっ、火宮さん、びしょ濡れー」 「クッ、そういうおまえもな」 派手に笑い声を上げてしまいながら、俺は眩しい水面に目を細めた。

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