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第528話
「ほぉ。さすがは、飲み込みが早いな」
火宮にビリヤードを教わって数十分、コツを掴んだ俺は、形になるくらいには玉を突けるようになっていた。
「っしゃぁ!楽勝じゃん」
カンカンッ、と綺麗に玉を弾いてポケットに落とした豊峰も、離れた場所でガッツポーズをしている。
「クッ、ならばそろそろ、ゲームといこうか?」
ニヤリ、と唇の端を意地悪く持ち上げた火宮の声で、隅の方でのんびりとドリンクを飲みながら待っていた真鍋と夏原がゲーム台の方へ近づいて来た。
「ゲームはスヌーカー。3人が順番にターンごとに交代。ショット順はチームに任せる。HCは25」
サラリと告げながら、火宮が俺の側から離れていく。
「ハンデ、25点だけですか?」
紫藤がチラリと反論したのを、火宮がニヤリと笑って退けた。
「見た感じ、おまえは俺たちと互角に渡り合える。初心者の翼も豊峰も、そこそこ器用な上に賢い。実力差を考えたら、その程度が妥当だ。なぁ真鍋?」
「そうですね。練習風景を観察させていただきましたが、それで十分でしょう」
なんなら減らすか?とどSな2人に詰め寄られ、紫藤が諦めたように微笑んだ。
「分かりました。25点いただきます」
さすがの紫藤でも、やっぱりこの大人たちには敵わないのか。
「ふふ、大丈夫だよ、紫藤くん。要は火宮さんたちより多く点を取ればいいんだ」
「そうだけどね」
「赤で黒のパターンで落とし続けて、最後に黄色から黒まで全部ポットすれば勝ちでしょ?」
やるよ!と気合いを入れた俺に、場の全員が苦笑した。
「ククッ、できるものか」
「火宮くん、さすがにそれは無理だと思う。とりあえずきみは、ファウルしないことと、レッドを確実にポットすることを頑張って」
火宮と紫藤に言われ、ムッとなる俺に、他のみんなも頷いていた。
「ちぇ…」
「ククッ、ちなみに勝敗は、5フレームの3フレーム先取でいいな?」
「はい」
真鍋と夏原に、ボールを台の上に配置させながら、火宮がサディスティックに目を眇めた。
「それで、賭けの内容だが?」
「っ…」
き、来た…。
ゴクリと唾を飲み込んだ音が、やけに大きく耳に響く。
「どうする?」
一同を見回して、火宮がニヤリと笑う。
「クスクス、敗者は勝者のペット、とか?」
夏原の、知的な目が悪戯っぽく細められた。
「敗者は勝者の下僕ですね」
うーわ、さすがは火宮を超えるどS様。
「そうだな。では、敗者は勝者に絶対服従、ということでどうだ」
うん。どうせ始めから、その条件でやるつもりだったでしょう?
愉悦を含んで揺れる火宮の目を、俺はギロッと睨んでやった。
「望むところです」
こうなったらもう、絶対に勝って、たまには火宮さんたちを服従させてやるんだから!
メラメラと闘志を燃やす俺の横で、豊峰がとても嫌そうに顔を歪め、紫藤が呆れたように溜息をついていた。
『俺らを巻き込むなよ、バカ翼』
『まぁ仕方ないよ、火宮くんだもん。まったく、負けず嫌い。こうなったら、何が何でも勝つしかないよ』
ヒソヒソと、紫藤と豊峰が、さっそく作戦会議だろうか。
「さて、では始めるか。バンキングからだ。夏原、やれ」
コン、とキューの持ち手の方を床に軽く落として、火宮が宣言した。
「バンキング?」
「うん。先攻後攻を決めるショットかな。玉をラインからトップクッションに向かって突いて、跳ね返ってきた玉が、手前のボトムクッションのより近い方で止まった方が勝ち。そっちのチームが先攻になる」
「ふぅん」
用語が分からず、こっそりと紫藤に尋ねた俺を、火宮が細めた目でニヤリと見ている。
「っ!」
「そっちは誰がショットする」
「僕でいい?僕が出ます」
紫藤に問われて頷けば、スッとキューを構えた紫藤が前に出た。
「ではスタートだ」
ククッ、と喉を鳴らした火宮の宣言で、並んでキューを構えた夏原と紫藤が、鮮やかに玉をショットする。
パン、と往復して返ってきた玉が、スゥゥッと手元に近い方で静かに止まる。
その距離は、夏原のものが、ボール1個分、ボトムクッションに近かった。
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