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第530話

「っ……」 カツン、と弾かれていった手球が、狙っていた赤球スレスレのところをスカッと通過した。 「ククッ、りきみすぎ。そんなに勝ちたいか」 ニヤリ、と笑って、愉しげに俺のミスを指摘してくる火宮に、ギリギリと奥歯が軋んだ。 「惜しかったな。たがまたノーヒットか。4点いただきだ」 薄く目を細めて、口角を吊り上げた火宮の宣言に、俺はぎゅぅっと手の中のキューを握り締めた。 「火宮くん、ドンマイ。大丈夫、まだ巻き返せるよ」 にこりと笑って励ましてくれる紫藤に、ぎゅっと眉が寄る。 「次、次。切り替えて行こう」 ニカッと笑ってくれる豊峰にも、俺はフルフルと首を振ってしまった。 「っ、でもまた負けるっ…」 1フレーム目を取られての2フレーム目。すでに俺のミスで、大人チームとの点差が開きつつある。 思い通りにいかないショットのせいで、俺の強気はガンガンと削られていた。 「翼、らしくねぇぞ。まだ大丈夫だって…」 「そうだよ。諦めるのは早いから」 いける!と励ましてくれる2人に、ポンポンと肩を叩かれたところで、キューをコン、と台に打ち付けた火宮が、ニヤリと笑って目を細めた。 「クックックッ、だいぶ苦戦しているな」 「っ、そ、んな、ことっ…」 ないとは言えないけれど、言われなくても分かっている。 「クッ、このままいけば、2フレーム目も3フレーム目も俺たちが取って、おまえたちは絶対服従の罰ゲームだ」 楽しみだな、と喉を鳴らす火宮に、ぎゅっと噛み締めた唇が震えた。 「っ、そ、んな、こと…」 意地でもなってたまるか。 だけどこのままいけば本当に、火宮の言葉が現実のものとなる可能性の方が高くて。 「っ…」 火宮くん…と心配そうな紫藤の視線の前で、俺はぎゅぅっと固くキューを握り締めた。 「ククッ、翼、1つ提案してやろうか?」 ニヤリ、と意地悪く吊り上がった火宮の口元が、愉悦に揺れた。 「提案?」 それはきっとどうせ、俺に土下座でもして、さらなるハンデを乞えとかそういうことだろう。 どSな火宮が考えそうなことだ。 「っ、誰が」 そんな真似をするか、と元々の負けず嫌いな性格が頭をもたげたところに、火宮の、想像の上をいく発言が降ってきた。 「ファウルのペナルティを、こちらのチームへの加算ではなく、苦痛で支払わせてやる、というのはどうだ?」 クックッ、と愉しげに喉を鳴らしている火宮の、その言葉の意味は…。 「っ…苦痛、って」 「そうだな。尻だ。鞭で」 っ、お尻叩き…。 さすがはどS様。 俺が痛みに弱いことを知っていて、そんな提案を迫ってくるか。 「っ…そんな提案っ」 俺が受け入れるとでも思っているのだろうか。 「ククッ、俺は別に、このままでも構わないがな。おまえが1人、焦燥してミスを重ね、自滅してくれる分には、むしろ好都合」 そうしてあなたに絶対服従? 「っ、そんなの、冗談じゃないっ」 もうこれ以上、ファウルを重ねるものか。 だけど、火宮が言うように、勝ちにこだわるあまり、力が入ってしまっているのも事実で。 「っ…」 「1ファウルにつき、1発。それでミスはなかったことに。さらに追加で、もしもファウルの点数分、鞭を受けたなら、その分の点数はチャラどころか、そっちのチームにくれてやろう」 「っ!」 そ、れは、どうしたってミスが嵩む俺たちチームにとって、かなり美味しい話だ。 「ん?翼。どうする?」 っーー! でも、でももしも、それでもなお、負けてしまったら? 痛い思いをした上に、絶対服従の罰ゲームまで受けることになる。 そんなのは大損だ。 「ククッ、どうしても勝って、俺を服従させたいんだろう?」 それは、この上なく残酷な、悪魔の誘いだ。 「俺たちも、このままでは簡単に勝て過ぎて、面白くないからな」 っ…。 それは、俺の性格を知り尽くした、この上なく的確な悪魔の囁き。 「っーー!受けて、やりますよ」 「おいっ?翼っ?」 「ちょっ、火宮くんっ?」 豊峰と紫藤が驚き慌てているけど構うものか。 「その条件なら、例えば俺がわざとファウルして、その分の苦痛と引き換えならば、こちらに点をもらってもいいということですよね?」 「ククッ、そうなるな」 ニヤリ、と笑った火宮の、とても愉しげな表情にプツンと俺の中のどこかが切れた。 「上等です。その提案、お受けさせていただきます」 勝つためならば、俺は悪魔にだって身を売り渡してやる。 「後で後悔しても知りませんからね」 「ククッ、おまえこそな」 ニヤリ、と笑う意地悪火宮め。 こうなったら、徹底抗戦して絶対に勝ってやる。 「藍くん、紫藤くん、行くよ」 反撃開始だ。 「はぁっ?ちょっ、バカ翼っ!おまっ、なんてこと…」 「あーぁ、受けちゃった。クスクス、本当、無謀だなぁ。でもこれは…少しは勝てる希望が見えてきたかも」 何故か青褪めて天を仰いでいる豊峰と、楽しそうに笑っている紫藤を横目に、俺はジリジリと火宮を睨みつけていた。

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