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第531話
「っーー!あぁぁっ!」
痛いーっ。
ビリヤード台のふちに両手をつかされて、後ろに突き出したお尻にピシリと鞭が振るわれた。
「ククッ、これで今のファウルはチャラだ」
「くっそぉ…痛い。でもまだまだ」
あと3発受ければ、落とすはずだった4点をこちらにもらえる。
ぎゅっと拳を握り締め、俺は後ろを振り返って、「続けろ」と火宮に目配せした。
「クッ、いい度胸だ」
ニヤリと笑う火宮の向こうで、豊峰が青褪めている。
「っ、翼!もういいよ。もうやめろよ!」
心配そうに叫ばれる声に、俺はほんのりと微笑んだ。
「ありがとう。でも大丈夫」
普段、戯れで叩かれるときに比べたら、そりゃ痛いけど、でも手加減されていないわけではないというのは、ぶたれている俺には分かる。
さすがに快感は含みはしないけれど、泣き喚くほどの激痛でもないのがその証だ。
「クッ、いいんだな?翼」
「っ、はい。後3回」
それくらい、耐えてやる。
ぐっと唇を噛み締めて、固く目を閉じた俺の後ろで、鞭がヒュッと空気を切った音がした。
「っ、あぁんっ!」
カァァァッ、この、人、はぁっ!
ピシリと鞭が臀部に当たった瞬間、思わず上げてしまった声に慌てて、俺はパッと口を押さえた。
「クックックッ」
心底愉しげに喉を鳴らす火宮は、どう考えても確信的にやっている。
「っーー!」
くそバカどS火宮ぁっ。
みんなが見ている前で。痛いどころか、わざと気持ちいいように打って!
ジワッと涙が滲んでしまった目で、俺は後ろの火宮をキッと睨みつけた。
「ククッ、どうした、翼」
どうしたじゃないでしょ…。
見れば真鍋は呆れたようにシラけた目でこっちを見ているし、夏原はニヤニヤと楽しげで意地悪な顔をしている。
豊峰は目を丸くして完全に固まっているし、紫藤は見ない振りをしようというつもりか、キューの手入れをしている振りをしている。
「火宮さんっ!」
同じ醜態を晒すにも、痛いだけの方がまだマシだ。
火宮に食って掛かろうとした瞬間、またも鞭がしなるのが見えて、俺はギクリと身体を強張らせた。
「っ!あぁんっ…」
だからーっ!
ゾクッと快感を引き出されるように打たれて、俺はカァァッと頬を熱くしながら、ブルブルと身体を震わせた。
どS、意地悪、エロオヤジ、変態、バカ火宮。
思いつく限りの暴言を、呪いのように内心で唱えまくる。
「ふっ、本当に、おまえはな?」
ゆらり、と愉しげに、後ろで空気が揺れた。
「っあーーっ!」
ぎゃあ!
なんだ今の痛みは。
ズボンの上からなのに、肌が引き裂かれたかと思った。
それが鞭で引っ叩かれた痛みだということに気づいたときにはもう、俺の身体はズルズルと床に座り込んでいて。
「暴言への仕置きも込みだ」
「っな、言ってないーっ」
思っただけだ。
声にしてない。目だって後ろからじゃ見えなかったはずだ。
「ククッ、全身で語っておいてよく言う」
「はぁっ?な、んですか、それ…」
全身でって…。本当、エスパーかっ。
「はぁぁっ」
なんかもう、何をしても何を言ってもこの人には敵わない気がして、俺は床に蹲ったまま、ヘタリと脱力した。
「ククッ、まぁこれで4打か。おまえらに4点くれてやる」
よく頑張ったな、と笑う火宮が、ポンポンと頭を撫でてくる。
「っ…」
う、嬉しくなんかないんだからっ。
火宮は今敵で、俺は勝つためにただ代償を支払っただけに過ぎない。
「ククッ、その目。さてと、こちらのターンは、夏原か」
「はいはーい」
チャチャッと取り返しちゃいますよ、と笑う夏原が、やっぱりよく似合いな姿でキューを構える。
「っ…」
「ふっ、翼。向こうで真鍋に尻を冷やしてもらって来い」
ほら、と助け起こされる手をパンッと振り払い、俺は盛大なあかんべーを火宮に向けた。
「別にこれくらい、平気です」
スクッと立ち上がり、一瞬よろめきながらも、豊峰と紫藤の方へと戻る。
「そうか?」と可笑しそうに笑いながら、なんとも楽しげに肩を震わせる火宮の向こうで、夏原が華麗にコンコンコーンと、狙いの球に手球をヒットさせていた。
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