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第535話
「なんなりとお申し付け…」
火宮に強要される言葉を言いかけた瞬間、ビシッという人が鞭打たれる音と、「うぁぁ」と悲痛な豊峰の呻き声が、離れた奥の方から聞こえてきた。
「声を上げるな。会長たちのお邪魔になる」
「だってっ…」
冷ややかな真鍋の声までもが聞こえてきて、俺は向こうで何が起きているのかをなんとなく察した。
「ふっ、真鍋の声も十分聞こえてきているんだがな」
わざとか、あいつは、と喉を鳴らす火宮は、気分を害した様子はなさそうで。
「藍くん…」
「ククッ、どうせ豊峰が、真鍋の命令に逆らいでもしたんだろう」
絶対服従だというのに、と愉悦に揺れる火宮の目が、思わせぶりに俺を見た。
「っ…」
その意味は、つまり…。
「クッ、真鍋。もういいぞ、上へ行け」
突然声を張った火宮に、真鍋が豊峰を連れて姿を見せた。
「お邪魔致しました。ほら、豊峰。行くぞ」
「っ、う、はい…」
ガックリと項垂れ、すっかり抵抗の意思をなくしているらしい豊峰が、真鍋に引かれるまま、地下を出て行く。
その腰が微妙に引けていて、片方の手がお尻を摩っていたのを、俺は見逃さなかった。
「翼」
「っ…」
あれは、絶対服従の命令に逆らえばこうなるという、見せしめだ。
先程の火宮の視線からそれと察した俺は、慌てて深くこうべを垂れた。
「な、なんなりとお申し付けください、ご主人様」
微妙な棒読みなのは許して欲しい。
だって本音では、一体どんな無理難題を吹っかけられるか、ビクビクしているんだから。
「ククッ、まぁいい。着けろ」
ニヤリとした意地悪な声と共に、パサリと黒い布らしき何かが目の前に放り落とされた。
「っ?」
なんだろう、と、その布らしきものを拾い上げる。
「アイマスク…」
どうにも嫌な予感しかしないその物体を、俺は深い溜息をつきながら目の上に被せた。
「火宮さん?」
視界が暗闇になり、とても心許なくなる。
見えないと分かりながら、ふらりと顔を上へあげた俺は、スッと衣擦れの音がしたのを敏感に捉えた。
「ククッ、ご主人様、だ」
「っ…あぁ、はい、ご主人様っ」
まったく。完全にそういう役柄になりきる気か。
主人と下僕プレイなんて、ロクな目が思いつかない。
「いいだろう。ではまずは、奉仕でもしてもらおうか」
見えなくても分かる。火宮が今、それこそ愉しそうに、ニヤリと唇の端を吊り上げたんだろうことが。
「っ…はい、ご主人様」
どうせ火宮から俺に下される命令なんて、いやらしいことだろうとは思っていたけれど、やっぱり予想を裏切らないとか。
「はぁっ。ご主人様、見えないので、教えて下さい」
そろりと手を彷徨わせて、俺は火宮の身体の位置を探す。
「何を?」
「っ、あなたの身体の場所です」
「身体の?」
どこだ、と意地悪く響く声に、カァッと頬が熱くなった。
「っ!ちゅ、中心ですっ」
「へそか」
「っーー!の、下っ!」
そうやって追い詰めて楽しいか。
いや、多分火宮は楽しいんだろう。
この人の性格を知っていれば聞くまでもないことを考えながら、俺は彷徨う手を突き出した。
「ククッ、へその、下、な?」
パシッと掴まれた手が、クイと引かれた。
「わっ…」
思わずつんのめった身体が、ボスッと火宮の足にぶつかった。
「で?そんなところの位置を知りたがって、おまえは何をしてくれるつもりだったんだろうな」
ククッ、と揶揄うように笑っている火宮の足が揺れる。
「はぁっ?何をって、あなたが奉仕しろって…」
「まぁ、言ったな」
「だから…あ?え?や、まさか…」
やばい。
これってもしかして俺、完全に嵌められた?
『奉仕』と言われて、他の選択肢など一切思いつかずに、ただ一択、中心への愛撫だと思った俺は…。
「クッ、俺は別に、肩たたきでも、足のマッサージでも、なんでも構わなかったんだけどな」
「っ…」
「そうか。さすが、淫乱な翼は、ペニスへの奉仕を思い付いたのか」
いやらしいな、と、わざとらしく耳元に口を寄せて囁かれ、視界がなく敏感になっていた聴覚が、ゾクゾクと侵された。
「っーー!」
この意地悪どS火宮ッ。
見えない視界のその向こうで、どんなにか勝ち誇った顔をしているだろうか。
完全にやられた俺は、悔しさにぎゅっと唇を噛み締める。
「ククッ、ではどうやら翼がしゃぶりたいらしいからな」
言ってないっ!
「お望み通り、口ですることを許してやる」
望んでないから!
だけど、固く噛み締めた唇を、火宮の指先でスゥッとなぞられれば、ゆるりと力の抜けた唇が、しどけなく開いてしまった。
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