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第537話
「なぁ。あいつら、何やってんだ?」
ふと、火宮のものじゃない声が、耳に飛び込んできた。
「はぁっ。またどうせ、くだらないお戯れでしょう」
あ、この呆れ果てた声。あの人しかいないよね。
「なになに?まさか、会長が、火宮翼くんと目隠し鬼っ?」
うひゃぁ、レアなもの見ちゃった、と笑っているのは夏原だ。
「いい大人と高校生が鬼ごっこ…」
なんなのあれ、と不思議そうにしているのは、この元凶にもなった紫藤だろう。
「うわっ、とと…翼さんっ?」
突然、ドサッ、と目の前で、人が転んだような音がした。
「危なっ…。ちょ、目隠ししてなにをやってるんすか?」
「あ、ごめんなさい」
浜崎さんかな?
俺、ぶつかりそうになっちゃったのか。
「翼」
っ。突然割り込む声に、俺はピクッと肩を震わせた。
火宮さんの声だ。
方向は…。
あちらこちらから色んな声がして、気を取られた俺は、思わず火宮の居場所を見失う。
「火宮さん!」
どこだ?
キョロキョロと巡らせた首に、火宮の笑い声が届いてきた。
「ククッ、おい、おまえたち、翼を呼べ」
うわー、そういう意地悪をするんだ。
「会長?」
「ククッ、翼。聞き分けてみせろ。おまえが辿るのは、俺の声だ」
傲慢に揺れる火宮の声が、少し遠ざかった。
「翼」
「翼さん」
火宮のものじゃない呼び声。
「おーにさんこっちら」
クスクスとふざけて弾んだこれも違う。
「火宮くん」
だから、呼び方で区別出来ちゃうんだけど。
さすがに自分の呼ばれ方まで記憶するなとは、火宮も言わないよね?
「翼」
っ!いた。
ほら、俺はこんなにもはっきりと、あなたの声とその方向を聞き分けられる。
ふらりと踏み出した足は、迷いなく今、火宮の声を捉えた方向へと進む。
「刃」
そこにいるのは分かってる。
俺の想いを、あまりみくびらない方がいい。
「「「「翼」」」」」
っ…。
全員が、一斉に俺を、統一した呼び方で呼んだ。
火宮の指示か。
「っ…」
「翼」
「翼」
「翼」
あっちからもこっちからも、俺を呼ぶ声がする。
「翼」
「ふふ…」
分からないと、思うのか。
「つ、翼」
こんな仕掛けに惑わされるなどと…。
『翼』
ーーッ!
ほら、やっぱり。
俺が、世界で1番大好きな人の声。
聞き慣れた、呼ばれ慣れたその、低く色気を含んだ、耳に心地いい愛おしい声を、聞き間違えるわけがない。
「あなたはそこだ」
迷わず、怯まず、火宮の元へただ一直線に、他のどんな雑音も振り払って突き進む。
「刃」
間違いない。
今の声を発した人は、この先にいる。
「ッ…」
わずかも迷わずに、タンッと床を蹴って、目の前にある人の気配に手を伸ばす。
そのまま勢いをつけて、思い切りその人に飛び込んでいった俺を、トスンとその人が受け止めた。
「刃」
当たりでしょう?
見えないままの目を、ふらりと顔ごと持ち上げる。
「捕まえました」
ニィッ、と唇を吊り上げてやったら、ゆっくりとアイマスクに『その誰か』の手が伸びてきた。
あ。火宮さんの匂い。
ふわりと揺れた空気から、そんなことさえも分かる。
「ふふ」
確信的に笑ってやったら、スルリと外された目隠しの向こうに、艶やかに笑う火宮の美貌が見えた。
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