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第542話
※『 』英語
『あの、えっと、どうしました?』
通じるかな?とドキドキしながら間に入った俺に、その男の人がパッと嬉しそうに顔を輝かせた。
『英語が話せるのですか?あぁ助かった』
『えっと、難しくない会話なら』
なにせ俺は、科目の中では群を抜いて英語が苦手だ。
それでも将来、「会長のお側に立ち並ぶおつもりなら」と、真鍋に英会話をビシバシと叩き込まれ、最近はようやく、ある程度の英語の会話はできるようになってきている。
さすがに火宮が話す、ビジネスでの英会話ともなると、まったくついていけないのだけれど。
『大丈夫。あなたの発音はとてもきれいです』
『あ、ありがとうございます。それで、えっと?』
『それがですね、連れの者と買い物に来ていたのですけれど、はぐれてしまって』
『そうですか…』
『携帯電話も忘れてしまって、困ってしまって。それで、こちらの方に来たのではないかと、ここにお暇そうに立っていらっしゃったこの方に、そういう男を見なかったかと尋ねていたところだったのですが』
チラリ、と浜崎に視線を向けた男に、浜崎がギョッとして自分を指さしている。
俺たちの会話は分からないけれど、自分のことを何か言われたというのは分かるのだろう。
『クスクス、言葉が通じなかったんですね。外国の方なのですか?』
『中国から参りました。中国語と英語が話せます』
『そうなんですね』
『はい。初めに中国語を話してもやはり伝わらず…』
『それで英語。でも伝わらなかったんですか。えっと、ちょっと待ってください』
その男の人に断って、俺は浜崎に向き直った。
「浜崎さん、俺を待っている間、こっちの方に、中国人ぽい男の人が来ませんでしたか?」
「へっ?あ?中国人?いえ。誰も通らなかったっすけど」
来たのは今いるこの男の人だけだそうだ。
まぁ浜崎は護衛として、俺の半径数メートルに近づく人間を注意深く見ているから、間違いはないだろう。
『あ、お待たせしました。こっちの方には誰も来ていないそうですけど』
浜崎に聞いたことを伝えた俺に、その男の人はがっかりしたように小さく肩を落とした。
『そうですか。ありがとうございます』
『いえ…その、インフォメーションとかにいって、放送で探してもらいます?』
『あ、いいえ。もう少しだけ、自力で探してみます』
ふわりと微笑むその人は、男の人なのにとても綺麗で。
『そ、そうですか?では、お気をつけて』
『はい。ご丁寧に、ありがとうございました』
にこりと礼を言うその姿に溢れる気品に、なんだか気圧された。
「あれ?行っちゃいましたけど。いいんですか?」
「え?あ、あぁ。なんか、一緒に来た人とはぐれちゃって、探してるんですって」
スッと立ち去って行った男の人を見て、浜崎がキョトンとしている。
「はぁ、そうっすか。見つかるといいっすね」
「そうですね」
ふと振り返ったところでは、ちょうど男の人が角を曲がっていくところだった。
「あれ…?」
その向かいのガラス窓に、スラリと背の高いスーツ姿の人影が写り込んでいる。
「どうしました?」
「あ、いえ。会えたのかな…?」
今曲がっていった男の人と、普通に会話を始めたような様子に見えるのだけど…。
[あれが、火宮刃の子猫ちゃんか]
「え?」
「翼さん?どうかしたっすか?」
一瞬感じた鋭い視線と、ぼんやりと聞こえた、馴染みのない異国の言葉。
響きから推測するに、それは中国語だ。
「あ、いえ。なんでもないです」
きっと連れに会えたんだ。
よかった、と思いながら、俺は浜崎に首を振って、食品売り場を目指して歩き始めた。
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