542 / 719

第542話

※『 』英語 『あの、えっと、どうしました?』 通じるかな?とドキドキしながら間に入った俺に、その男の人がパッと嬉しそうに顔を輝かせた。 『英語が話せるのですか?あぁ助かった』 『えっと、難しくない会話なら』 なにせ俺は、科目の中では群を抜いて英語が苦手だ。 それでも将来、「会長のお側に立ち並ぶおつもりなら」と、真鍋に英会話をビシバシと叩き込まれ、最近はようやく、ある程度の英語の会話はできるようになってきている。 さすがに火宮が話す、ビジネスでの英会話ともなると、まったくついていけないのだけれど。 『大丈夫。あなたの発音はとてもきれいです』 『あ、ありがとうございます。それで、えっと?』 『それがですね、連れの者と買い物に来ていたのですけれど、はぐれてしまって』 『そうですか…』 『携帯電話も忘れてしまって、困ってしまって。それで、こちらの方に来たのではないかと、ここにお暇そうに立っていらっしゃったこの方に、そういう男を見なかったかと尋ねていたところだったのですが』 チラリ、と浜崎に視線を向けた男に、浜崎がギョッとして自分を指さしている。 俺たちの会話は分からないけれど、自分のことを何か言われたというのは分かるのだろう。 『クスクス、言葉が通じなかったんですね。外国の方なのですか?』 『中国から参りました。中国語と英語が話せます』 『そうなんですね』 『はい。初めに中国語を話してもやはり伝わらず…』 『それで英語。でも伝わらなかったんですか。えっと、ちょっと待ってください』 その男の人に断って、俺は浜崎に向き直った。 「浜崎さん、俺を待っている間、こっちの方に、中国人ぽい男の人が来ませんでしたか?」 「へっ?あ?中国人?いえ。誰も通らなかったっすけど」 来たのは今いるこの男の人だけだそうだ。 まぁ浜崎は護衛として、俺の半径数メートルに近づく人間を注意深く見ているから、間違いはないだろう。 『あ、お待たせしました。こっちの方には誰も来ていないそうですけど』 浜崎に聞いたことを伝えた俺に、その男の人はがっかりしたように小さく肩を落とした。 『そうですか。ありがとうございます』 『いえ…その、インフォメーションとかにいって、放送で探してもらいます?』 『あ、いいえ。もう少しだけ、自力で探してみます』 ふわりと微笑むその人は、男の人なのにとても綺麗で。 『そ、そうですか?では、お気をつけて』 『はい。ご丁寧に、ありがとうございました』 にこりと礼を言うその姿に溢れる気品に、なんだか気圧された。 「あれ?行っちゃいましたけど。いいんですか?」 「え?あ、あぁ。なんか、一緒に来た人とはぐれちゃって、探してるんですって」 スッと立ち去って行った男の人を見て、浜崎がキョトンとしている。 「はぁ、そうっすか。見つかるといいっすね」 「そうですね」 ふと振り返ったところでは、ちょうど男の人が角を曲がっていくところだった。 「あれ…?」 その向かいのガラス窓に、スラリと背の高いスーツ姿の人影が写り込んでいる。 「どうしました?」 「あ、いえ。会えたのかな…?」 今曲がっていった男の人と、普通に会話を始めたような様子に見えるのだけど…。 [あれが、火宮刃の子猫ちゃんか] 「え?」 「翼さん?どうかしたっすか?」 一瞬感じた鋭い視線と、ぼんやりと聞こえた、馴染みのない異国の言葉。 響きから推測するに、それは中国語だ。 「あ、いえ。なんでもないです」 きっと連れに会えたんだ。 よかった、と思いながら、俺は浜崎に首を振って、食品売り場を目指して歩き始めた。

ともだちにシェアしよう!