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第547話
結局、どれくらいぼんやりと床に座り込んでいたか。
ようやく動く気になった俺は、のろのろと床から立ち上がり、朝食のためのパンを焼いた。
簡単に卵をスクランブルにし、冷蔵庫を漁ってハムを取り出す。
「牛乳…はストックが切れたからオレンジジュースでいっか」
目についたジュースをグラスに注いで、適当極まりない朝食が完成した。
「いただきます」
1人のダイニングテーブルで、1人で朝食を腹に収めていく。
「んー、今日も暇だな…」
夏休みの課題はもうすべてやり終えているし、自主勉、と言っても、なんとなくやる気が起きない。
ゲームや漫画もすでにやり過ぎて興味が尽きている上、掃除や洗濯の家事があるわけでもない。
「そうだ。藍くんでも誘って遊びに行こうかな」
名案だ、と、ふと思いついた考えに満足しながら、俺は手早く1人の朝食を済ませて内線電話に向かった。
怠そうにしながらも、そこは蒼羽会預かりの使用人。雇い主の本命である俺の言動は、無視できないらしい。
面倒くさい、かったるい、とブツブツぼやきながらも、浜崎と一緒に外出の支度を整えて迎えに来てくれた。
「あ、いらっしゃい。ちょっと待って、すぐ行くから」
ひょこっと玄関に顔だけ出して、棚からスマホを取り上げてポケットに突っ込む。
「ごめん、お待たせ。浜崎さんもすみません」
「いえ」
「ったく、急に暇だから出掛けよう、って。思いつきが突然過ぎんだよ」
「あは。ごめん。なんか予定あった?」
「いや、別にねぇけど」
靴を履いて玄関を出た俺は、豊峰にぶつくさ言われながらエレベータに向かう。
「んで?どこか行く場所決まってんのか?」
サッと脇からエレベータを作動させてくれた浜崎にペコリと頭だけ下げて、その小箱の中に乗り込んだ。
「あー、特には」
「うぉぉい」
「だって暇だったから…。藍くんはどこか行きたいところとかないの?」
「ねぇし」
なんだそりゃ、と呆れている豊峰に、それもそうかと思う。
「うーん、そうだなぁ。藍くんは、普段遊びに行くときはどこ行くの?」
「俺?俺はまぁ、ゲーセンとか、本屋で立ち読みとか。そんな程度」
「ゲーセンかぁ…」
パッとしないな。
「じゃぁ、アミューズメントパークとか、ボーリングとか行くか?」
「2人で?」
「サムイな」
「あっ、なら紫藤くんは?それから、リカとかタクトたちも誘うとか!」
大勢ならありかも、と提案すれば、何となく豊峰の顔が嫌そうに歪んだ。
「和泉を…?」
「え?」
「っ、いや、なんでもねぇ。けど、こんな急に誘って、集まるかぁ?」
無謀だと思うけどな、と笑う豊峰が、とりあえず、とスマホを出したところで、エレベーターが1階にたどり着いた。
「翼さん、どうぞ」
サッと素早くエレベーターから降り立ち、ホールの安全を目視で確認した浜崎が、降りていいと促してくれる。
「ありがとうございます」
扉が閉まらないように手で押さえてエスコートしてくれる浜崎に礼を言ってエレベーターを降りた俺は、後からスマホを弄りながらついてきた豊峰を振り返った。
「でも言っとくけど俺、和泉の連絡先しか知らねぇからな?」
「えっ?俺も知らない…」
紫藤どころか、俺はリカやタクトたちの携帯番号もわからない。
「はぁっ?…しゃーねぇな…とりあえず和泉に連絡して、あいつならもしかしたら知ってんだろ」
「う、うん」
豊峰が電話をかけ始めてくれたところで、エントランス前にスーッと送りの車が横付けされた。
「翼さん、行き先は…まだ決まっていないっすよね?とりあえず、乗ってください」
俺たちの会話を聞いていたらしい浜崎が、苦笑しながら後部座席のドアを開けてくれた。
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