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第549話

※『英語』 『へぇ、マーケティングリサーチに』 『えぇ』 『じゃぁお仕事なんですね』 『まぁ、それを建前に、観光も楽しんでいますが』 南改札に送っていく道すがら、俺たちは何気なく雑談を交わしていた。 『クスクス、そうなんですね』 『えぇ。まぁその度に迷子になっていては世話がありませんが』 はは、と恥ずかしそうに笑うこの男の人は、本当に物腰柔らかで、品のある感じが育ってきた環境を窺わせる。 『仕方ありませんよ、慣れない外国ですもん。えっと、日本語はまったく?』 『そう言っていただけると救われます。日本語は、読み書きはおろか、挨拶程度の単語だけしか出来ません』 「オハヨウ」「コンニチハ」「アリガトウ」と、本当に馴染まない異国の音でしかないその片言の単語を口にする男の人の様子は、なんだかやっぱり可愛い。 『まぁ俺も、中国語は片言しか話せませんしね』 [ニーハオ][シェイシェイ][サイツェン]と、合っているんだかどうなのかさえ分からない単語を口にすれば、男の人がクスクスと可笑しそうに笑った。 『大丈夫、通じます』 ぐっ、と親指を立てて請け負う男の人だけど、目元までしっかり笑ってしまっていて、それはどうなんだ。 『本当ですか?笑ってるじゃないですか』 変なんでしょ?と言い返してやれば、「ゴメンナサイ」と、聞き取れなくはないぎこちない日本語が返ってきた。 『ぷっ、ふふふ、日本語、お上手です』 『もう、あなたこそ、笑って』 酷いなぁ、と微笑む男の人との会話が、なんだか楽しかった。 『あのっ、お名前を、聞いてもいいですか?』 気づけば俺は、思わずそんなことを口にしていた。 『私のですか?えぇ。アキ、と申します』 「アキ?」 『はい。あなたは?』 スッと薄く目を細めたアキが、にぃっ、と唇の端を吊り上げた。 「え…?」 『……?どうしました?お名前、聞いてはいけませんでしたか?』 ふわり、と、柔らかく微笑むアキは、それまでと変わらず物腰柔らかな表情だ。 『あ、いえ。こちらから聞いておいて教えないとかは…。俺は火宮です。火宮翼』 「ツバサ、ヒミヤ?」 『はい』 [火宮翼] 「え?なんて?ホォゴンイー?」 クスクスと笑いながらアキが告げた中国語が分からない。 『ふふ、翼の名前の中国語読みです。いい名前ですね』 『そうですか?ありがとうございます。あぁ、着きました』 そんなこんなで話していたら、いつの間にか、南改札口に到着していた。 『あぁ、ここですか。わざわざありがとうございました』 ふわりと微笑むアキは、やっぱり気品があって綺麗な人だ。 『いえ、では、俺はこれで。お気をつけて』 『はい。本当に助かりました』 『ぜひ、観光も楽しんで下さい。日本のいいところ、たくさん見ていって下さいね』 ではお元気で、と頭を下げた俺に、アキがサラリと手を振っている。 [再見] くるりと踵を返して歩き出した俺は知らない。 背後でアキの口がゆるりと動き、何か中国語を紡いだことを。 「なぁ翼、何話してたんだよ?」 「んー?何と言われても…適当に雑談?日本に何しに来たかとか…」 「ふぅん。あの人、日本人じゃねぇんだな」 「うん、中国の人だって。喋らないと日本人に見えるよねー」 「あぁ。…ん?あ、メッセージ。和泉、着いたって」 テクテクと、待ち合わせ場所に戻りながら、豊峰が不意にスマホを取り出した。 「あちゃ。早く戻ろっか」 「だな」 タタッと足早になる俺の頭は、今別れたアキのことから、これから遊ぶ紫藤たちのことに、緩やかに切り替わっていった。

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