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第551話

「だから、お願いです。真鍋さん、火宮さんには黙っててください」 「お聞き届け致しかねます」 「じゃぁ聞かなかったことに…」 「出来かねます」 だーかーら! あぁ、もう、なんて融通の利かない。 おーねーがーい、とユサユサと助手席のシートを後ろから揺さぶる俺に、真鍋のシラッとしたクールっぷりは崩れることはなかった。 そうこうしているうちに、火宮に言われたのだろう、目的地にたどり着く。 「ホテル…?」 こんな高級そうな、エントランスからしてキラキラと明るく眩しいホテル前に止まった車に、俺はギクリとした。 「俺、ジーパンにティーシャツですけど?」 クラスメイトと遊びに行くだけの予定だったんだ。たいして洒落てこなかった。 まさかこのラグジュアリーホテルでディナーか?と慌てた俺に、真鍋はシラッとした顔のまま、平然と車を降り立った。 「どうぞ。服装は構いません。お部屋までご案内いたします」 カチャッと後部座席のドアを開けてくれた真鍋が、そう言いながら恭しくエスコートをしてくれる。 「いや、それにしたって場違いすぎ…」 片やブラックスーツをビシリと決めた、見た目だけなら上流階級の美貌の紳士様で。 そんな男にエスコートされて歩くのが、こんなラフすぎる格好の高校生だなんて。 「誰が見てもおかしいでしょ…」 時々感じる他の客たちの視線を気にして、俺の顔は自然と俯いてしまった。 「大丈夫ですよ、お気になさらず」 スッ、と俺の斜め前に出た真鍋が、ふと立ち止まる。 「え…?」 まさか隠し…と、思ったら、いつの間にかホールを抜けて、エレベーターの前にたどり着いていた。 「どうぞ」 「あ、はい」 スゥッと開いたエレベータのドアの中を、瞬時に確認した真鍋が、乗れと促してくる。 真鍋以外の他人がいない閉鎖された空間の中に、何となくホッと力が抜けた。 「あー、緊張した」 「ふっ、相変わらず、お慣れになりませんか」 その通り、ど庶民な俺は、こういう高級な雰囲気や真鍋みたいな完璧な男にエスコートされる自分に一向に慣れない。 「どうにもね…」 「その辺りは無理を言っても仕方がありませんが…これだけはお忘れなきよう」 「え…?」 「あなたは、会長の本命で、火宮刃の唯一最愛のパートナー。あの火宮刃に、誰より、何より、大切に想われておられるお方なのだ、と」 「は、はい…」 急にどうしたんだろう? だけどただ、あまりに真鍋の目が真剣だったから、俺は気圧されたように頷くことしかできない。 「着きました。お降りください」 ポーン、と上品な音を立てて止まったエレベーターから、真鍋に促されてそっと廊下に降り立つ。 ふわりと足元を柔らかく受け止める床の感触に、この階がどんな階なのかを察して、再びピシリと緊張が戻った。 「どうぞ、こちらです」 スッと足音もなく廊下を進んだ真鍋が、1室のドアの前で立ち止まる。 コンッ、と軽く1度のノックの後、静かに内側から扉が開けられた。 「真鍋だ。翼さんをお連れした」 ドアのすぐ内側に立っていた2人のブラックスーツの男が、スッと恭しく頭を下げる。 1人は池田。もう1人は事務所でたまに顔を見る、名前はわからないけど、火宮の部下の男の人だった。 「な、んか、物々しいですね…」 護衛、は常に火宮にはついているらしいけれど、こんな風に、ホテルの、その部屋の内側にまで厳重に立っていたことなど、これまでに1度もない。 ぎくり、と嫌な予感に身を竦ませながら、俺は恐る恐る真鍋の後についていった。 細長い、廊下のような通り道を進み、ひらけたリビングルームに出る。 入り口からは死角になっている、何十畳あるのかと思われるようなだだっ広い空間だった。 「会長、翼さんをお連れしました」 ソファから、チラリとこちらを見た火宮に、真鍋がそっと頭を下げた。 「ご苦労。翼、来い」 「はい」 スッと手を伸ばされて、俺はふらりとその声に従った。 「ククッ、なにをそう緊張している」 「だ、だって…」 「まぁ、おまえはこう見えて賢いからな」 確かに、ピリピリとしている、真鍋や護衛さんたちの空気に、ただ事ではないことを感じているけれど。 「っな、こう見えては余計です」 火宮の軽口に、ムッとなってしまった俺は、グイッと火宮に腕を引かれて、その隣にドサッと座らされてしまった。

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