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第553話
「とりあえず、1人は、どこぞの理事の推薦で、狭霧(さぎり)の会長だ」
「狭霧って、前に…」
「あぁ、狭霧のところの若頭、実園に会ったことがあったな。あいつのところの親分だ」
「友好的な組、でしたよね?」
俺の記憶が正しければ、そう紹介されたはず。
「そうだな。これまでは、良好な関係を築いてきているな」
「っ、これまでは…」
「あぁ、だが今回、望まないとはいえ、ライバルになってしまったからな」
「っ…」
そうか。火宮と対立候補…。
「ただ、狭霧の会長はそう馬鹿ではないし、推薦者の理事もまともな人だったはずだ。そもそも俺は理事の座になど興味はないし、むしろ狭霧の会長を推す」
「そ、うですか…」
「海面下での俺の動きに気づけば、狭霧の会長のところと揉めることはないだろう」
「ん…」
それならいいけど…。
「ただ、問題はもう1人の候補者の方なんだ」
「っ…」
激しく面倒くさそうに溜息をついた火宮に、ゴクリと喉が鳴った。
「もう1人というのは、現理事の推薦なのだが、それが以前から、俺をよく思っていない古参の組長でな」
「っ…それは」
「あぁ、これを好機と、何を仕掛けてくるかわかったものじゃない」
「そんな…」
ぼんやりと開いてしまった口から、小さく震える声が漏れた。
「ただ、さすがに理事選とはいえ、内輪揉めはオヤジが望むものではない」
「はい…」
「正面切って馬鹿な真似は仕掛けてくるとは思えないが、警戒するに越したことはない、というところだ」
「っ、そう、ですか…」
ニヤリ、と不敵に笑う火宮は、それほど恐れや危機感を抱いている様子はないけれど。
「だから翼、少しの間、おまえにも多少の窮屈を強いることになるかもしれない」
「は、い…」
「少しの間、護衛は浜崎が外れ、池田と真鍋を交互につける」
「っ、真鍋さんを…?」
幹部クラス2名を交互にだなんて、そこまで大事なのか…。
「あくまで、念のためだ。俺も、鬼頭さんの推薦状の手前、無条件降伏で狭霧の会長に理事の座を譲るのもまずいのでな」
「そうですね…」
「それなりに戦っている振りはする」
「はい」
「そのゴタゴタした中で、実情を分かって、臨機応変に動ける者と考えたら、幹部2人が適任というだけだ」
「そ、うですよね」
すごく危ないから、という理由じゃない。
分かってる、分かっているけど…。
「火宮さんは?火宮さんに危険はありませんよね?」
何よりまず、直接攻撃を受けるのは、火宮じゃないのか。
俺の心配よりそっちだと、縋りつくように火宮に尋ねたら、クックッといつもの余裕の笑い声が聞こえた。
「大丈夫だ。俺は俺を守る手段を心得ている。それに、あんな小物に潰されん」
「そう、ですよね…」
この人は蒼羽会の会長。それこそ身を挺して、火宮を守ってくれる人はいくらでもいるし、俺が心配なんかしなくても、修羅場をくぐり慣れているだろう。
「ありがとう」
「え…?」
「心配してくれているんだろう?」
「っ、あ、の…」
「嬉しいよ。でも、あまり気を病むな。俺は大丈夫だから」
パフッと優しく頭に手を乗せられ、ホゥッと全身から力が抜けたことで、俺は自分が思ったよりも緊張していたんだってことに気が付いた。
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