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第556話
「はぁぁぁっ、疲れたー。食べた気がしないー」
ビシバシと、手も口も出る真鍋に指導されながらのディナーがようやく終わり、俺はヒリヒリする手の甲とお尻を抱えて、テーブルに突っ伏していた。
「うぇぇっ、容赦ない。鬼真鍋」
どS、鬼畜、馬鹿真鍋、と悪口を並べ立て、ぶちぶちぼやいている俺の側に、スッと火宮がやってきた。
「ククッ、随分としごかれていたな」
「うー、火宮さん」
「ん?ほら、どこを何回ぶたれたんだ?」
ニヤリとした意地悪な顔で、微かに赤くなった手の甲を撫でながら、火宮が「言ってみろ」と強要してくる。
「っ、見てましたよねっ?」
フルコースを優雅に食べながら、ニヤニヤと楽しげにこちらを窺っていたのは分かっているんだから。
「クッ、まぁな。手の甲を5回、太腿を2回、尻は?」
「っ、どうせっ、初めに言われた左側から席を立つっていうのを忘れてっ、最後に半ダース、しっかりお仕置きされましたよっ!」
ちゃっかり数えているしね…。しかも、最後の最後にやらかして、テーブルに押さえつけられてお尻をぶたれていたのも、バッチリ見ていたでしょうが。
「ふ、ははっ。1度言われたことを、2度失敗するからだ。あいつは2度目には厳しいぞ」
「身に染みてまーす」
手加減されていたとはいえ、鞭の痛みはしっかり残っているんだから。
「ククッ、では、フレンチのテーブルマナーが完璧になったところで…」
「っ!」
な、なに、そのゾクリとするような妖しい笑み。
悪事を企んでいますと言わんばかりの、弧を描いた目が怖すぎる。
「性懲りも無く俺の身体(もの)に他人の跡をつけて」
「はぁっ?」
「仕置きだな」
「なっ…」
これはそもそも、あなたが止めてくれなかったから!
しかも、散々真鍋にいびられた可哀想な俺に、この上何を…。
「理不尽だーっ」
「ククッ、おまえが望んだのだろう?」
「俺はっ、鬼教官で、鞭付きなんて望んでませんっ」
そりゃ、テーブルマナーは出来るようになりたかったけど。
「ふっ、この場に他に、おまえの教師役ができるやつなどいないだろう?」
「っ、それは…火宮さんが教えてくれるとか」
真鍋に比べたらまだ優しいはず。
「俺か?そうだな、俺でもいいが…俺はきっちりと見返りをいただくぞ」
「へっ?」
「おまえにテーブルマナーを教えてやるんだ。ただで、などとは言わせないぞ」
ニヤリ。底の知れないサディスティックな笑みを浮かべて言われれば、ゾクリと震えて固まる身体はどうしようもなくて。
「っ、あなたの、ためなのに…」
「俺の?」
キラリと面白そうに光った火宮の瞳にハッとした。
「っあ…ち、がう…」
違う、そうじゃない。火宮のためなんかではないんだ。
これは俺の自己満足。
火宮は連れ歩く俺のマナーがなっていようがなかろうが、多分一切気にしない。
だからこれは、俺がただ、火宮の隣に俺がいていいって思いたいだけの、自信が欲しいただの小さな望み。
「ふっ、まったく、俺はおまえがいいと言っているだろうが」
「っ、火宮さん…」
「何度言わせる。俺は、おまえのためなら何だってできる。おまえはただ、堂々と俺の側にいればいい」
ポン、と頭に触れた火宮の手からは、優しい慈しみだけが伝わってきて。
『まったく、あのクソ小舅めが。こうして、俺とこいつを試すような真似…』
チッ、と小さな舌打ちが聞こえてきたのは、多分気のせいだよね?
「火宮さん?」
「ん?どうした」
「いえ…」
ふわりと微笑む火宮には、特に何の含みもないけれど。
『クッ、惑わされるなよ?翼。あいつの罠に、そう簡単にはまってくれるな』
「さてと、仕置きの時間だ、翼」
「っーー!」
「これも、これも。俺のモノに他人のマーキングを許した罪は重いぞ」
「っ、マーキングって!」
途端にニヤリと妖艶な笑みを浮かべた火宮に、油断していた身体がズルズルと引き摺られていく。
「いーやーだーっ」
「こら、無駄に踏ん張るな。抱き上げるぞ?」
「うぁぁっ?言うより先に抱き上げてるじゃないですかっ!」
ひょいと担ぎ上げられた肩の上で、俺はジタバタと手足をもがかせる。
ズンズンと迫ってくるドアは、きっと寝室へと続く扉だ。
「クッ、暴れるな。ぶつぞ?」
「ひゃんっ!だからっ、言ってる側からもうぶってるくせにぃっ!」
パシッとお尻に感じた衝撃と痛みに、俺はぎゃぅっと叫びながらも、2度目のそれを恐れて、ピタリと抵抗をやめてしまった。
「ククッ…」
可笑しそうに笑った火宮が憎らしい。
けれど、「うぅっ」と唸ることしか出来なかった俺は、そのまま無抵抗に寝室に運び込まれてしまった。
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