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第560話
「はぁ、美味しかった」
用意された朝食をペロリと平らげ、パンッと手を合わせた俺は、ふと入り口の方を振り返った。
「あ、お済みですか?ではすぐにお片付けいたしますね」
「あー、ありがとうございます」
「それからこちら」
ご所望の絆創膏です、ってね。はい。
スッと長方形の小さな包みを渡され、俺はありがたくそれを受け取った。
「本当、どうかと思いますよね、火宮さん」
「あ、えーと、いえ、はい、や…」
カチャカチャと、空になった食器を下げながら、池田がモゴモゴと困っている。
「ふふ、肯定すると火宮さんに悪くて、否定するのは俺に悪いって、もしかして気を使ってくれてます?」
真面目だなー。
「その、それは…」
「いいんですよ?池田さんだって、火宮さんが1番でしょう?」
俺の意見に同意なんてできるわけがないって分かっているんだけど。
「真鍋さんなら速攻、俺が煽るのが悪い、とか言うだろうし、浜崎さんは、そんなことないです!会長の愛です!とか、すぐに俺の意見を否定すると思いますけど」
池田は俺に遠慮するのか…。
「あ、えっと、その、俺は…」
「ふふ、ごめんなさい。意地悪言いましたね」
火宮の大事な俺だから。池田は多分、俺の扱いにとても慎重だ。
「池田さん」
「はい」
「どうです?隠れました?」
手探りで、確かここだったと思う場所に絆創膏を貼ってみた俺は、そっと首を傾げて、にこりと笑ってみせた。
「あ、はい。ばっちりです」
緩やかに微笑んでくれる池田は、こうしていると本当、ヤクザの幹部様には見えなくて。
「ねぇ池田さん」
「はい」
「今日なんですけど」
「あぁ、はい。どこかお寄りになりたいようでしたらお付き合いいたしますし、真っ直ぐお帰りになるのでしたらお送りします」
スッと傅いて告げる池田の顔を、俺はヒョイッと覗き込んだ。
「このホテルの近くに、多分、珍しい調味料のお店があったと思うんですけど」
昨日連れて来られる道中に、見かけた気がするんだよね。
多分あれは、前に今度行ってみたいなと思ってネットで調べていたお店だと思うんだけど。
「あぁ、徒歩で少し行った場所に立ち並ぶ店の中に、確か」
「あ、やっぱりです?その、そこに行きたいなーなんて」
護衛の都合上とかはどうだろうか。
「はい、構いませんよ?お付き合いします。では、すぐに出られますか?」
「ん、そうですね。ちょっとだけ、支度を整えたら」
「了解しました。では、こちらのお片付けを済ませまして、あちらにおりますので、お声掛け下さい」
「はい、ありがとうございます」
スッと一礼して、テーブルの物を乗せたワゴンを押しながら、池田が部屋の入り口の方へと下がっていく。
「よっし。とりあえず、髪をセットしてこよう…」
幸い今日は、大袈裟な寝癖はついていなかったものの、微妙に乱れた髪の毛感が否めない。
テクテクと再び洗面所に向かった俺は、備え付けのアメニティの中からブラシを見つけ出し、パパッと支度を整えた。
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