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第567話

「あ、れ?あれって、火宮さん?」 車窓からの景色が、いつもの見慣れた蒼羽会事務所近くの道に差し掛かったとき、ふと前方に停車した黒塗りの高級車から、火宮が降りてきたのを見つけた。 「そうですね。って、翼さん、危ないので座っていてください」 思わず、助手席と運転席の間に身を乗り出してしまっていた俺は、慌ててストンと後部座席に腰を落とす。 「すみません。つい」 えへへ、と誤魔化し笑いを浮かべたところで、スーッとスマートに車が止まった。 「ちょうど会長もお戻りのところのようですね。我々も降りましょうか」 「はい」 どこか外出先から帰ってきたところなのだろう。 真鍋を従え、事務所の方へ歩いて行く火宮が見える。 「火宮さんっ」 池田が素早く車を降り、サッと開けてくれた後部座席のドアから車外へ飛び出した俺は、静かに走り去っていく車を見送るのもそこそこに、火宮に向かって大きく手を上げた。 火宮がゆっくりとこちらを振り返る。 「翼?」 あ、驚いた顔。珍しい。 ふふ、なんだかしてやったりな気分になる。 「どうし…」 コツ、と一歩、こちらに向かって足を踏み出した火宮の声が、不意に途中で途切れた。 「ん?ひみやさ…ッ?!」 なに?と思った時にはもう、俺は池田にガバッと抱き付かれ、壁際に身体が押し付けられていた。 な、に…? ビクッと震えた身体と、わけもわからず視線を彷徨わせた、池田の身体越しに、火宮が真鍋に腕を引かれ、道の端へと身体を避けさせられているのが見えた。 「っ、池田さん…?」 何事かと、ゆっくり持ち上げていった視線が、池田の顔にたどり着く前に、俺たちのすぐ脇、スレスレのところを、ブォォンッと猛スピードで走り抜けていく車に気づいた。 「っ、な…」 「無事か」 呆然と固まってしまった俺の元に、車をやり過ごした火宮が素早く駆け寄ってくる。 「こちらは」 そっと俺を腕の中から解放して、池田が静かに頷きながら、俺の身体を火宮の方に押し出した。 「よくやった。真鍋、ナンバーは」 「記憶いたしました」 ふわりと火宮の腕に抱き込まれながら、その後ろから1歩も遅れずついてきていた真鍋が、相変わらずの無表情でシラッと答えている声を聞く。 「始まったか。真鍋、池田、中へ入るぞ」 スッと俺の身を守るように抱き込んだまま、そそくさと火宮が事務所内に向かう。 「はっ」 今度はその火宮を守るように、ピタリと一息のズレもなく左右を固めた真鍋と池田が、スタスタと進む火宮の足取りに迷わずついてきていた。

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