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第568話

「ふ、ぁ…」 ピリピリとした空気を纏ったままの火宮たちと共に、会長室に連れて来られた俺は、ストンとソファに腰を下ろしたところで、ようやくまともに息が吸えた。 「真鍋」 「はい」 火宮が呼びかけたのとほぼ同時に、コトン、と、湯気の立つココアの入ったマグカップが目の前のテーブルに置かれる。 「ふっ、翼。とりあえず飲め」 「っ、はい、ありがとうございます」 すごい…。 このタイミング。真鍋は火宮が呼びかける前から、何が必要で、何をどう用意すればいいか分かっていたみたいだ。 俺が今、さっきの路上での出来事に動揺していることも、火宮が何を要求するかということも完璧に把握していて…。 「もう、本当、どこまで出来るんですか」 しかも、そっと手に取ったマグカップのココアは、これまたちょうど飲み頃の温度だ。 「んっ…」 あぁ、落ち着く。 さっきの出来事で、ザワザワとしていた心が、ふわりと休まっていくような。ジーンと温かいココアが沁みる。 「美味し」 思わずふにゃりと笑顔を溢してしまったら、火宮の纏っていた空気が、スゥと静かに和らいだ。 「大丈夫か?翼」 「あ、はい」 やっぱり心配してくれてたんだ。 あんな、明らかにあの場の誰かを狙った車の走らせ方。どう考えても、跳ねるか轢き殺すか、そんな意図が見て取れた車の動き。 「誰が、なんのために…」 恐怖に凍えた心が解れたら、次に浮かんできたのは、その目的と犯人への疑問だった。 「ふっ、真鍋」 「はい。すぐに割り出しを開始しますが…おそらくは盗難車、実行犯は金で雇われた半グレだろうとは思います」 「だろうな」 池田、ナンバーだ、と、小さなメモを手渡した真鍋に、池田がそれを恭しく受け取って、別室へと消えていく。 「どうせ、理事選の敵対者の誰か…と言っても、まぁ相手は分かってはいるが…そいつが適当な半グレを雇ってやらせたんだろう」 「そうですね」 「目的は、軽く脅して、大人しく身を引け、立候補を取り下げろ、というあたりか」 ククッと喉を鳴らす火宮は、どこか余裕綽々に見えて。 「脅し?」 あれが? 明らかに、危害を加えようとしてきたように見えたけど。 「あぁ。黒幕に、殺すな、怪我もさせるなと頼まれていたんだろう。殺意は皆無だったぞ」 「そっ…」 そうなんだ…。 俺はてっきり、事故に見せかけて怪我をさせるとか殺すとか、そういう意図があるのかと思った。 「ククッ、さすがに初っ端から、そんな大胆な攻撃は仕掛けてこないさ。今回怯まず、こちらが思い通りにならなければ、この先は分からないがな」 「そんな…」 「だが、こちらもだからと引くわけにもいかない」 あぁ参ったな、と笑う火宮は、まったく困っている様子ではない。 「火宮さん?」 「ククッ、まぁとりあえずは、実行犯を捕らえろ。さて、そこから黒幕まで辿り着けるかどうか」 「繋がる証拠等は残していないでしょうね」 シラッと言い放つ真鍋は、相変わらず感情を窺わせない、いつもの無表情で。 「ククッ、そうだな。内部抗争など、オヤジが最も嫌うことだ。敵方も、自分たちが仕掛けた、などということは、絶対に表には出ないようにしているだろう」 「どうしますか」 「とりあえず、放っておけ。実行犯だけ、捕らえたらいつもの場所だ」 「かしこまりました」 スッと頭を下げる真鍋に、俺はただただ戸惑った。 「あ、の、火宮さん?」 「あぁ翼、おまえは何も心配するな」 「だけど…」 「大丈夫だ。何があっても、俺はおまえを守る」 ポン、と頭を撫でてくる火宮は、やっぱり俺のことが最優先で…。 「っ…」 「まったく、だから、上での役職など…」 面倒なだけだ、と溜息をつく火宮の、その言葉は。 「それなんですけど…」 ぐっと腹に力を入れ、俺が、俺の思いを伝えようとした、そのとき。 「失礼します、会長」 ガチャッと会長室のドアを開けて、池田が室内に戻ってきた。

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