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第569話
「あ…」
出鼻を挫かれ、思わず言葉が詰まる。
「あぁ、池田。ちょっと待っていろ。翼、何か言いかけたな?」
先に聞く、と池田を待たせてくれる火宮だけど。
「あ、いいえ。いいです、池田さんの話を先に聞いて下さい」
「翼さん?」
「本当、俺は後でいいので」
ブンブンと顔の前で両手を振ったら、火宮が怪訝な顔をしながらも、池田に向き直った。
「そうか?ならば池田」
「は、はい。…えー、先程の車ですが、やはり盗難車でした。昨日、盗難届が出ています。乗車していたのは2人組の若い男。3つ向こう先のブロックで車を乗り捨て、そこから徒歩で逃げているようです」
「そうか」
「すでに放った追っ手がその姿を捉えています。もう確保までは秒読みかと」
スラスラと報告を上げ、スッと丁寧に頭を下げる池田に、火宮と真鍋の空気がゆらりと楽しげに揺れた。
「分かった。真鍋」
「はい。捕らえ次第、第四倉庫へ」
壮絶な薄笑いを浮かべる真鍋が、ゾクリとするほど怖い。
「拷問にかけて、依頼者を吐かせろ。まぁたいした情報は持っていないだろうがな」
「そうですね」
「搾り取れそうな情報を引き出した後は、そいつらの身元を吐かせてから、2度と蒼羽会(うち)へのちょっかいや、依頼を受ける気にならないように思い知らせて解放してやれ」
「かしこまりました」
クックッと喉を鳴らす火宮の瞳も、壮絶に昏く輝いていて、あぁこの人、ヤクザなんだった、って、こんなときにはふと認識する。
「翼?」
「あ、いえ…」
だけど、なんていうか。
怖いこと言っているし、いかにも悪の親玉です、って態度なんだけど。
だけど。
テキパキ場を仕切って、指示を出して、余裕たっぷりで悠然と笑っているその感じ…。
格好いい、だなんて思っちゃった俺は、おかしいかな?
思わずジーッと火宮を見つめてしまった俺に、ふっ、と突然目元を緩ませた火宮が、ニヤリと頬を持ち上げた。
「まったく、おまえはな」
「えっ?」
ますます愉しげに、目を細めたその顔はなんだろう。
「ククッ、おまえに聞かせるには、少々刺激がある話をしてしまい、うっかり恐れさせてしまったものかと思えば…相変わらず、ヤクザな俺に、怯みもしない。それどころか」
「火宮さん?」
「格好いいか?見惚れていただろう」
さすがだ、と笑う火宮に、カァッと色んな意味で頬が熱くなった。
「っ、何をっ…」
真鍋や池田がいる前で、バカなことを。
しかもそういうの、見抜いてくれなくていいから!
相変わらず鋭いというか、なんというか。
「クックックッ、さすがは俺が選んだ、俺の唯一無二のパートナーだ」
ニヤリと誇らしげに笑う火宮に、ふと俺の胸の内は、じくりと疼いた。
「っ…」
俺が、あなたの、唯一無二のパートナー。
そう、自信たっぷりに、堂々と言い放ってくれるあなたの言葉が本当ならば。
「っ…」
やっぱり俺は、俺が決めたことを、きちんと火宮に伝えないといけない。
共に歩む未来を、導く言葉を口にしようと、一旦ぐっと唇を引き結んだ俺は。
ゆらりと、池田の空気が動いて、「それから、会長。もう1つご報告が」と、チラリとこちらに向いた池田の視線に、コテンと思い切り首が傾いた。
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