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第577話
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
荒い呼吸をつきながら、ぐったりと身を預けた火宮の胸が、大きく波打っている。
ハァハァと上がる火宮の呼吸から、この人も一緒に達してくれたんだってわかって、なんだかたまらない愛おしさが込み上げた。
「ふ、は、火宮さん」
「なんだ」
「うふふ、なんでもないです」
へにゃっと崩れてしまった顔が、ますますだらしなく緩んでしまう。
「クッ、まったく、煽ってくれて」
「え?」
「見ろ。ドロドロじゃないか」
ククッと喉を鳴らす火宮が示した場所を見てみれば、一目で高級なそれと知れる、火宮のワイシャツの前が、俺の白濁でべっとりと汚れていた。
「う…だって、それはっ」
そうだった。そもそもここは会長室のソファの上で、火宮はバッチリ仕事の途中だったのではないか。
いつの間に脱いだのか、これまた高級仕立てのダークスーツを汚さなかったのはよかったけれど、緩めただけのネクタイの先と、ワイシャツは完全に駄目になってしまっている。
「っ…」
「ククッ、まぁ予備の着替えは置いてあるからよかったが。ふっ、おまえも池田の湯とタオルが役に立ちそうでよかったな」
ニヤリ、と意地悪く頬を持ち上げる火宮の視線は、同じようにベトベトになってしまっている俺の性器に向いていて。
「っーー!」
バカ火宮っ!
これは絶対、俺だけが悪いわけじゃないと思う。
「ククッ、可愛かったぞ」
「っ、バカですか…」
もうこの人、本当、そういうとこ!
キッと睨みつけてやれば、何故か嬉しそうににこりと弧を描いた目が、愛おしい愛おしいと語ってきた。
「恋人に向かってバカとはまた、随分な暴言だな」
「っー!だから、そういうのが、バカだって…」
ペロリと暴言を咎めるかのように、唐突に舐められる唇にビクッとしてしまう。
けれどゆったりと弧を描いて俺を見上げる火宮の目は、優しく淡く微笑んでいるから、もう何も言えなくなってしまうじゃないか。
「っ…あなただけなんですから…」
俺が、何をされても何を言われても全部受け止めて、全部許せてしまうのは。
好きで、愛しくて、大切で、大事にしたい唯一無二のパートナー。
「火宮さん」
「なんだ」
「着替えたら、お話ししたいことがあります」
スッと火宮の胸を押し、ストンとその膝の上から床に下り立つ。
「あぁ、わかった」
にこりと微笑んだ俺に、ふわりと返ってきた微笑みが、なんだか胸をキュッとさせた。
「1人でできるか?」
「はい」
もちろんです。
あなたが俺をこんな風に責めた意図、俺はちゃんとわかっているから。
さっきの車の脅し、俺を守ると言ってくれた言葉。それからアキを何か疑っているんだよね?
その手から俺を遠ざけるために嫉妬を半分装ったこの戯れ。
「もちろんです」
だけど俺は、あなたにただ守られるだけのものじゃない。
俺にも俺に、出来ることがある。
「そうか」
ふわりと笑った火宮は、どこまでを察しているのか。
「では俺も自分の着替えを済ませる」と、湯とタオルの元に向かった俺にひらりと背を向けた火宮が、別の棚の方へと歩いて行った。
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