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第578話
「それで?話というのは?」
どさりと、ソファに深く腰を下ろした火宮が、ゆったりと目を細めて俺を見た。
先ほど汚したシャツは綺麗な新品のものと着替えられ、ネクタイの柄も変わっている。
俺は俺で、少し冷めてしまったお湯を使って、ベトベトになった身を清めさせてもらっていた。
無事、汚すことのなかったティーシャツはそのままで、ズボンと下着を身に着けなおせば元通りだ。
火宮の向かいに座った俺は、ごくりと1つ、喉を鳴らして、ジッと火宮を見つめ返した。
「火宮さん」
ピン、と、思ったよりも緊張に掠れ、強張った声が出てしまった。
膝の上でギュッと握り締めた拳が震えているのは、多分きっと火宮にはバレている。
「なんだ」
それでもふわりと柔らかい声で包んでくれる火宮は、あぁやっぱり火宮だな、と思う。
だからこそ、俺は俺の想いを、真っ直ぐあなたに伝えたい。
俺は、スッと持ち上げた左手の拳を、ゆっくりと火宮に向かって突き出した。
「翼?」
「っ、共に、人生を」
キラリと光る、指輪が薬指を飾っている。
あなたが俺に、刻んでくれたその想いを。
「Je marche la vie ensemble」
いつの間にか、この本来話せるはずのない言語の、この言葉だけは、とても上手く発音できるようになってしまった。
「俺は、あなたに凭れ、あなたとなれ合い、その関係に甘える互いになりたくないんです」
「翼?」
「共に歩いて行くと互いに向けた、その想いの意味は、今のままでいいんですか?」
キュッと唇を引き結び、ゆっくりと息を吸い込んだ俺は、真っ直ぐ真っ直ぐ火宮に視線を向けた。
「俺は、あなたと、未来へ向かいたい」
「つ、ばさ…?」
「あなたが、自分の力の限界まで、正々堂々と力を出し切り上り詰めていくその未来(さき)へ、俺はどこまでだって共に、食らいついていきますから」
「翼」
「目指してください。七重組執行部、本部役員、理事の座を、本気で」
「っ、翼」
「行きましょうよ、一緒に。2人で目指せる、さらなる高みへ」
「っ…」
「あなたが、俺の負担や安全を考えて、それを理由に、上を諦めてしまうその前に」
「……」
「俺を理由に甘えないで。そして、俺は、あなたの力に甘えて自分を磨くことを忘れてしまわないように」
ニッ、と崩れていく顔を、俺はきちんと自覚していた。
「行きましょう、火宮さん。あなたが上り詰められるその一番高い場所まで。俺は必ず、並んで立って見せますから」
「っ…」
スッと開いた左手を、手のひらを天井に向けるようにクルリと返す。
「互いに寄り添い、互いに高め合う、俺たちの関係は、そんな関係であるべきです」
「翼」
「だから、勝ち取ってみませんか?七重組執行部、本部役員、理事の座」
「っ!」
「戦いませんか?全力で。俺は、七重組の中枢で、権力を手にして偉そうにふんぞり返って笑うあなたを見たいです」
真鍋も、池田も、きっと他の蒼羽会の人たちもみんな。
それから七重さんも、もしかしたら夏原さんも。
それが火宮に望む姿で、火宮の立つべき場所であると思っているはずだから。
「なってください、火宮さん。七重組本部、事務局長ってやつ」
ニッと笑った俺に、火宮が参った、って顔をして、ふわりと可笑しそうに微笑んだ。
「まったく、おまえは。相変わらず、どこまで男前だ」
ガシッと取られた左手は、俺の言葉への答えなのか。
ニヤリと不敵に笑っただけの火宮からは、返事らしい返事は返らなかった。
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