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第587話※
「っ…」
数秒の、けれど濃く深い口づけの後、離れていった形のよい唇を名残惜しく見つめていたら、ニヤリと口角を上げた、サディスティックな微笑が見えた。
「さてと、どうしてくれようか」
キラリとその目に浮かぶ愉悦が、獲物を捕らえた肉食獣のような、獰猛な光に変わっていく。
「っ…」
「ククッ、そう怯えるな」
おまえを本気で傷付けるようなことはしたことがないだろう?と目元を緩やかに細めてみせる火宮の、その言葉は真実だけれども…。
今日は仕置きという名の口実があって、さらには連れ込まれたこんな部屋。
ドーンと構える大きなベッドの頭の部分は鉄柵状だし、天井に設えられた明らかに何かを引っ掛けられるフックはなんなんだ。
壁際に視線を向ければ、どう見たって人を磔に出来るだろう、拘束具のついた板が立て掛けられているし、その隣に置かれた椅子の怪しさは、その形状から推して知るべし。
しかも向こうに見える、一見テーブルのような長方形の台に、何故か伸びている鎖やゴムバンドの用途など、もう知りたくもない。
「ククッ、なんだ。何かしてみたいものがあるのか?」
チラリ、チラリと、室内の様子を窺いまくっていたのに気づかれたのか、「希望なら聞いてやるぞ」なんて妖しく笑う火宮に、ムゥと口が尖ってしまう。
「なら、優しくしてください。普通に抱いて…」
無駄だろうなー、と思いながらも、とりあえず言うだけ言ってみる。
けれども案の定、そんな希望はハッと火宮に一笑に付された。
「仕置きだと言っただろう?おまえも覚悟を決めたはずだ」
まぁね…。
「絡めとって、縛り付けて、グズグズに溶かして、なにも考えられなくなるくらい、だったか?」
ククッ、と喉を鳴らす火宮が、俺が紡いだ言葉を、一字一句間違えずに繰り返す。
「そうだな。ではその言葉の通り、まずは絡め取って縛り付けてやる」
「う…」
誰も物理的な意味で言ったわけじゃないんだけど。
けれどもこの愉しげにサディスティックな笑みを浮かべた火宮に、そんな理屈が通用するわけもなくて。
「とりあえず、服を全部脱げ」
ニヤリとした妖しい笑みに絡め取られながら、ピシリと逆らうことを許さない命令を下されれば、俺の身体はノロノロとそれに従った。
パサリと落としていく衣服に、スースーと心許ない感覚が全身に広がっていく。
きっちりとスーツを着込んだ火宮の前で、自分だけが裸になっていく羞恥を堪えながら、最後の1枚を脱ぎ去った俺に、火宮の満足そうな目が向いた。
「ククッ、いい格好だ、翼」
「バカ…」
思わず口をついて出たのはいつもの暴言で。
「ふっ、そのままこっちへ来い」
スッと手を差し出されて促される先は、先ほどこっそりと窺った、怪しげな椅子の方だ。
「っ、まさか本当に縛るんですか?」
さすがに怯んで問いかければ、火宮の目がスゥッと楽しそうに細められた。
「安心しろ。痛いことや苦しいことはしない」
ククッと喉を鳴らす火宮の、その言葉をどこまで信用すればいいのか。
「ただし恥ずかしいことと、気持ちいいことは存分にしてやるけれどな」
ニヤリと自信たっぷりに頬を持ち上げる火宮が、椅子の肘掛け部分に設えられた、明らかに拘束用であろうバンドを、スルリと撫でた。
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