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第591話

ピピピピ、ピピピピ。 うるさい電子音が耳に触れて、俺の心地よい微睡みは阻害された。 「ん、ぁ…ふぁぁぁっ」 くあ、と大口を開けて、うーんと大きく両腕を頭上に伸ばす。 ガンッと指先が固い鉄柵にぶつかり、俺はハッと今いる場所を思い出した。 「うわ…」 そうだ、昨日は意地悪な顔をした火宮に、こんな悪趣味なホテルの部屋に連れ込まれ、あれやこれやの仕置きをされたんだっけ。 腰の辺りに残る鈍痛と、全身気怠い身体をノロノロと起こす。 ふと、ベッドの脇に人の気配を感じて首を巡らせたら、シーッと口元に手を当てた火宮が、スマホの通話ボタンを押すところだった あぁ、今のうるさい音は、火宮のスマホの着信音だったわけね。 薄く目を細めて、緩く微笑むその顔が、綺麗だなーなんて、寝起きのいまいち働いていない頭で思う。 「あぁ、俺だ。…なに?」 ゆったりと微笑んだまま、通話を開始した火宮の顔が、一瞬後にはヒヤリと冷たく凍った。 え…? ピリッとした緊張感と、微かな怒気を滲ませた火宮を、ジッと見つめてしまう。 「それで、状態は。…あぁそうか。顔は……なるほど。わかった、すぐに出社する」 ギリッと奥歯を軋ませた火宮の苛立ちを感じ、俺は何かよくない状況が発生したのだと悟った。 「真鍋は来れるな?あぁ、わかった」 プツ、と通話が切られる。 ゆっくりと1つ、呼吸を整えた火宮が、揺らいだ表情をスッと隠して俺を見つめた。 「すぐに事務所に行かなくてはならなくなった」 「ん…はい」 「真鍋がすぐにやって来るから、おまえはシャワーでも浴びてゆっくりしていろ」 「はい…」 それは構わないんだけど。 「なにか、あったんですか?」 火宮が隠してしまった苛立ちを、今更誤魔化されても気になって仕方がない。 詮索してもいいものかどうか窺いながらも、興味を抑えきれなかった俺が尋ねた声に、火宮は「心配するな」と優しく笑った。 「でも…」 何かがあったなら知りたいんだけど。 特に、あなたに危険が及ばないかどうか、判断するための情報なら特に。 「ふっ、本当に、心配はない」 「火宮さん」 「クッ、しつこいな」 頑固者、と俺の要求を火宮が跳ねのけ続けたところに、ふとインターフォンの音が鳴り響いた。 「真鍋だな」 一体どこにいたのやら。あまりにやって来るのが早すぎないか? スタスタと入り口の方へ歩いて行く火宮が、服を着ろという意味か、薄く目を細めて、クイッと俺の裸体を示していった。 「あ…」 パサリと落ちた掛布団の中、素っ裸のままだった俺は、慌ててスルリとシーツを剥がし、とりあえずそれを身体に巻き付ける。 コココンッ、と不規則なノックの音が微かに響き、火宮がコツンと1つ、それにノックの音で応えた。 「早かったな」 スッと静かにドアを開けた火宮に、真鍋が素早く身を滑り込ませてくる。 チラリと流し見た室内の様相に、まったく怯む様子を見せないところがさすがだった。 「おはようございます、会長、翼さん」 う…。 シラッとした無表情は助かるんだけど、逆にそれが、1人動揺している俺には居たたまれないというかなんというか。 このいかにもな部屋に、いかにも情事の後の様相を示す素っ裸の俺に、少しくらい焦ってくれてもいいと思うんだけど。 「会長、お迎えのお車は地下に」 「あぁ、わかった。おい、翼。シャワーを浴びて来い」 キュッとネクタイを締めながら、バサリとジャケットを羽織り、火宮が身なりを整えていく。 「はいはい」 どうせ人払いですねっ。 火宮の発言の意図を察した俺は、んべーと舌を派手に突き出して、シーツを巻き付けたままの身体で、するりとベットを抜け出した。

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