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第592話

「それで?状況は」 パタン、と俺が浴室のドアを閉めたか閉めないかのうちに、ボソリと低音を響かせる、火宮の声が聞こえた。 ふふ、盗み聞きしてやるんだから。 一度閉めたドアを、音を立てないようにそーっと薄く開いて、俺は火宮たちの方へ聞き耳を立てた。 「……」 「……」 ん?無言? てっきり火宮が急な出社を要するなんらかの事件の内容を話し始めると思ったのに。 2人は何故か、黙ったまま、何を話し出す様子もない。 「……」 「……会長」 「あぁ」 え?なに?2人で何を分かり合っているの? 数秒の沈黙の後、ボソリと呟かれた真鍋の声に、何故か火宮が分かったように頷いたのが謎だった。 「…っえ?」 ゾクリ、と嫌な予感が全身を突き抜けた。 真っ直ぐに射貫くように、鋭い視線がドアの隙間から迷いなくこちらを睨んでいるのがわかる。 冷たい凍えるようなその視線。 その視線の主は、歩くブリザード、しゃべる冷凍庫と名高い、真鍋様の冷酷無比な一睨みだ。 「うわぁっ!」 その視線にビクリと固まっていれば、突然大股で近づいてきた火宮に、ガバリとドアが開けられてしまう。 ピタリとドアの前に身を寄せて、火宮たちを窺っていた俺を、ニヤリと意地悪く火宮が見下ろしていた。 「あ…」 体勢から、俺が何をしていたかなんて一目瞭然。 まぁその前に、とっくに俺の盗み聞きなんてバレてたみたいだけど。 へらりと愛想笑いを浮かべて誤魔化そうとした俺の首根っこを、ひょいと火宮に捕らえられた。 「ったく、おまえはな」 はぁっ、と呆れたような溜息が落とされる。 「盗み聞きなどはしたない真似をするような恋人に躾けた覚えはないぞ」 「あは。だって…」 そうでもしないと聞けないじゃないか。 俺だって、火宮たちに何が起きているのか、知っておきたいと思うのに。 「真鍋」 「はい」 ずるずると室内に連れ戻された身体が、ドサッとテーブルのような長方形の台の上に放られる。 「ちょっ、待っ…」 ハッと嫌な予感にジタバタと暴れた身体は、何故か素早く近づいてきた真鍋にぐいと押さえつけられ、両手首両足首をそれぞれ4方に設えられた拘束具に括り付けられてしまった。 「なっ、やだぁっ!」 台にうつ伏せで、背中と臀部を晒して拘束された状態で、ジタバタともがく。 その身体を冷ややかに見下ろされて、ぐいとシーツを下から捲り上げられれば、嫌な予感はいっそう色濃く深まった。 「鞭です?」 ぽつりと火宮に向かって問われた真鍋の声に、ビクッと身体が引きつる。 「いや、平手にしておいてやれ」 ククッと笑う火宮の言葉は、なんの救いにもなっていなかった。 「やだっ、火宮さんっ。真鍋さんっ」 ぶつ気だ。ぶつ気だ。ぶつ気だ。 こんな体勢で台に拘束され、お尻を空気に晒されて、これから何が起こるかなんて、火を見るより明らかだ。 「やだっ、ごめんなさいっ、もうしない。もうしませんからっ」 盗み聞きなんてそんな真似、しようと思った俺が馬鹿だった。 「ふっ、会長のパートナーともあろうお方が、随分と軽率な真似をなさりましたね。お諦めなさい」 「ククッ、悪さが過ぎたな、翼」 にこり、と目だけがまったく笑っていない、ゾッとするような真鍋の笑顔が向けられる。 こちらはこちらで、どうしてそんなに愉しそうなんだと思えるような、サディスティックで意地悪な笑みを浮かべた火宮の視線が俺を射貫く。 「うぅ…」 「ふっ、まぁ、そんなに聞きたければ、聞かせてやるさ」 聞ければの話だがな、と笑う火宮が、クイッと顎をしゃくって、真鍋に仕置きの開始を促した。

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