『俺は…』 ゆっくりと、導き出したその答えを、俺は俺の唇に乗せた。 『俺のことは大事です。火宮さんから俺が離れてしまったら、あの人がどうなるかなんて、俺は痛いほどよく分かってる』 きっと狂ったように怒り、悲しみ、心を乱して、俺を取り戻そうと躍起になるだろう。 それこそその身を顧みず、蒼羽会さえも切り捨てて。 「でしたらっ、翼さん」 悲痛な真鍋のその声に、俺はゆっくりと首を左右に動かした。 『けれどもあなた。真鍋さん。あなたを火宮さんが失ってしまったら？それこそそれで、あの人は２度と使い物にならなくなる』 自らのせいで、人１人を死なせることが、あの人の一番弱くて柔らかい場所だから。 そこに今ひとたび何かが触れれば、火宮は今度こそ壊れてしまう。 復讐の刃は明貴には向かない。 あの人の聖域には、もう俺が踏み込んでしまったから。 火宮が憎しみを向ける相手は…責任を取らせようと刃を揮う相手は…自身だ。 「翼さんっ…それでもっ」 「Je marche la vie ensemble。真鍋さん、俺の覚悟は、決まってる」 ふわりと微笑んだ頬の先から、ポタリと１粒、涙の雫が宙に落ちた。 『俺は、蒼羽会会長、火宮刃の唯一のパートナー。蒼羽会トップの、隣に立つ男』 頬に残る涙の跡を、片手の甲でぐいと拭う。 「翼さん…っ」 『俺は、「蒼羽会会長」火宮刃のパートナーなんです。真鍋さん』 ゆるりと１歩、俺が足を踏み出した先は。 真鍋の目が、ゆっくりと見開かれていく。 『伝えて下さい、真鍋さん。俺は、最後まで立派だったと。伝えて下さい、真鍋さん。俺は、あなたを本当に愛していたと』 「翼さんっ！」 『伝えて下さい、俺は。蒼羽会会長である、火宮刃を、愛したのだと。あなたを創るその肩書きを、決して軽んじてはいけないと』 「つ、ばさ、さんっ…」 あぁ、あんなにクールな、あんなに無感情を貫くはずの真鍋の声が、嗚咽に詰まったように震えているよ。 不思議だ。不思議だなぁ。 涙はないけど、まるで泣いているみたいだ。 『伝えて下さい、真鍋さん。俺は、あなたと共に、人生を歩む』 「っ…つばさ、さ、ん…？」 『俺は、火宮刃の誇る、パートナーです』 にこり、と笑み崩れたその顔を、笑顔のままに明貴の元へ押し運ぶ。 ゆっくりと、明貴の元へたどり着いた俺の手を、明貴が恭しく取り上げた。 真鍋の顔が呆然と固まり、真鍋に向けられていた銃口がすべて下ろされる。 「生きて、戻って」 あなたはどうか、火宮さんの元に。 そうして支えて、守ってください。 俺の喪失に絶望する火宮さんのことを。 どうか、分かってください。 俺がしたこの選択の意味を。 『よろしくお願いします』 そっと明貴に寄り添って、ふわりと盛大に微笑んでやる。 けれどもこの言葉を向けた先は、真鍋さん、あなただ。 どうか…。 祈りがあなたに、そして火宮に届きますように。 Je marche la vie ensemble…愛して、います、火宮さん…。 ぽたり、と透明な水滴が一雫、俺の目から顎を伝い、静かに床に砕け散った。