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第616話

「っ、ア、キ、さん…?」 振り返ろうとした顔は、そのままギクリと固まって、多少青褪めただろう表情を、火宮に縋るように向けてしまう。 「ど、して…」 明確な殺意を明貴から感じる。 ギリッと後ろ手に手が捻り上げられた。 「痛っ…」 「連!」 バッと焦った顔をした火宮が、ギリッと奥歯を軋ませて、銃口を真っ直ぐに明貴に向けたまま、鋭い視線を向けてくる。 けれどもそれは、俺の後ろに隠れている明貴に向けられているもので、つまりは、実際火宮の銃口が狙っているのは、俺の身体だ。 「クソッ…」 明貴が俺を盾にしている限り、火宮が明貴を撃つには、俺ごと撃ち抜くしかない。 この人には、できない。 直感的に俺がそう思うのと同時に、口汚い言葉とともに、火宮の銃口がふらりと揺れた。 「会長」 カラーンと杖を放り捨てた真鍋もまた、ピタリとこちらに銃口を向けてきた。 その目は、俺を撃ち抜くことへの躊躇いを含んでいない。 「っ…」 いい。大丈夫、それでいい、真鍋さん。 俺は火宮の足手纏いになることなんて望んでいない。 明貴を制圧するために、俺ごと撃って構わない。 そう、思って、ぎゅっと瞼を閉じた俺に、火宮の怒声が聞こえてきた。 「駄目だ、真鍋!絶対に撃つな」 火宮の低い声に、後ろの明貴が楽しげに気配を揺らしたのが分かった。 「ふふ、さすがの火宮刃も、翼を人質に取られては、どうしようもないみたいだね」 「連」 ぞわり、と地を這うような火宮の恐ろしい呼び声だった。 「クスクス、私のものにならないのなら、この子はここで殺してしまうことにするよ」 「っ、連!そんなことをすれば、先ほど提示した取り引きを…」 「反故にする?どうぞ。でもそれ、翼が死ぬけどね?」 にっこりと、まるで天気の話をするような軽やかさで告げられた明貴の言葉に、火宮がぐっと言葉を飲み込んだ。 「形勢逆転だ、火宮。翼は返さない。この場で殺してしまうよ。さぁ、どうする?」 「っ、あ、なたは、翼が本気で欲しいのではなかったのか」 苦し紛れに紡ぐ火宮の声を、俺はぐるぐると混乱の頂点にいる頭の中で聞いていた。 「ふふ、まぁそうだね。だけど、どうやら手に入らないみたいだし。返さなくちゃならないようだからね。それならいっそ、殺してしまおうかと。そうすれば、私のものにもならないけれど、火宮、きみのものにもならなくて済む」 それなら悔しさは少し晴らせるかな、なんて笑う明貴の、本気の殺意に、俺も、火宮も、多分どうしようもなかった。 「っ、連…。翼を、撃つな…」 「命令?」 可笑しいね、と笑う明貴が、ふと、捻り上げていた俺の背後の手に、何か固い物体を握らせてきた。 え…?これ、銃。 スッとグリップが手に馴染むその重たい塊は、先日、明貴に握らされた、拳銃の感触そのもので。 ーー選んで。 こっそりと、耳元に吹きかけられた明貴の吐息が、小さな小さな囁きを送り込んできた。 ーー火宮を選ぶのなら、翼、この銃で、私を撃って。 フーッと吐息のように紡がれる言葉に、ゾクリと背筋が震えた。 ーー状況をよく見て、翼。もしも私を撃てないというなら、私はこのままきみを人質に、火宮を撒くよ。火宮はきみに銃が突き付けられている限り、身動きが取れない。隣の幹部様もそう。 「っ…」 言われなくても、この場で圧倒的不利なのはどちらなのか、はっきりと分かっていた。 ーー帰りたい?火宮の元に。ならば、きみにできることは、ただ1つだ。 コソッと耳に吹き込まれるその言葉を聞きながら、俺はゆっくりと吐息を吐き出した。 ーー撃って。私を撃って、私の手から逃げ出せばいい。 ア、キ、さん…。 ーー選んで、翼。火宮の元に帰りたければ、私を行動不能にして、火宮の元に駆けていけばいい。 やり方は教えたでしょう? そう、囁かれるその言葉に、俺は先日、明貴に銃を渡され、撃ち方を教えられたことの意味を、ようやく理解した。

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