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第618話

※流血、残酷描写、表現があります。 苦手な方はご注意下さい。 「七重組理事、蒼羽会火宮殿っ」 叫ぶように放たれた流暢な日本語と同時に、劉がその手にキラリと光る何かを取り出す。 「っ、劉やめろっ!」 「真鍋っ、翼の視界をっ…」 バッと焦ったように叫ぶ2つの声は、どうしたって貴重だろう、明貴と火宮というそれぞれの国の裏社会の立場、上位に位置する2人のもので。 「これでどうかっ。これでどうか、連様の数々のご無礼を、お許しください。あなた様の大切な右腕を傷物にした代償です、これで手打ちにしていただきたいっ…」 ザクッ、と恐ろしい音が、聞こえてくるような気がした。 足を負傷し、利き腕まで折られている真鍋は、火宮の叫びに咄嗟に動いたものの間に合わず、俺の視界が塞がれる前に、劉はその行動を起こしてしまった。 スゥッと劉の片目に吸い込まれていくナイフの切っ先に、ぞくりと寒気がした。 あ、と思ったときにはもう、その刃先は劉の片目に突き刺さっていて…。 「翼さんっ…」 悲痛な叫び声とともに、ようやく俺のもとに手が届いた真鍋が、俺の視界を片手で塞いだ。 「っ…」 ぎゅぅっと痛いくらいに、伏せた瞼ごと頭を抱え込まれる。 小さく息を飲む音。誰かの呻き声。 ぼとりと何かが床に落とされる音。 荒い吐息。 様々な音が入り乱れる中、ふと捉えたのは、小さな小さな震える明貴の声だった。 [な、ぜ…] 動揺を露わにした中国語は、俺には理解できなかった。 ただ、だけど、その声が鼻声だと言うことには気づいていた。 [リュウ…ッ] ふらりと誰かが動く音。 ざわりと肌を撫で上げる落ち着かない空気。 バタバタと動き回る人の気配に、トトッと軽い足音が混ざる。 「ふ、はっ、火宮殿。どうかこれで、連をお許し…」 苦痛を堪える呻き声とともに吐き出された劉の言葉に、火宮がフーッと長い吐息をついたのが聞こえてきた。 「処置の出来る者は」 ふん、と吐き出された火宮の声に、誰かがパッと動く音がする。 [その、眼球の処理もしろ] 不意に、中国語に変わった火宮の声は、俺に聞かせたくない何かを言いでもしたのだろうか。 ぐっと俺の頭を抱き締める真鍋の手に力がこもった。 [リュウ。劉!なんで、どうしてっ…] 悲痛な明貴の、震える叫び声が耳に飛び込んできた。 フルフルと首を振り、俺は真鍋の手を振り払おうとその腕の中でむずかる。 「翼さん」 「っ、なに?どうしたの?ねぇ見せて」 ざわざわと人が動く気配だけがせわしなく伝わり、俺は自分だけ視界を奪われているのが嫌でたまらなかった。 「翼さん」 我儘を言うなと、困ったように呼ばれる名前にムッとする。 「だって…」 気になる。この真鍋に塞がれた視界の向こうで、一体何が起こっているのか。 その直前に見た光景からして、正直ほぼ想像はついているけど。 どうにか真鍋の手を引き剥がそうと、その負傷している足を狙って手を伸ばした俺は…。 「真鍋」 凛とした、静かに真鍋を呼ぶ火宮の声に、ピクッとその手を押し留めた。 「はっ」と短い応えとともに、不意に頭を抱えていた真鍋の手が緩む。 同時に視界を塞いでいた手も下ろされて、明るい室内の光が一気に目に飛び込んできた。 「う、ぁ…」 眩しい、と感じたのは一瞬で。 まず目に入ったのは、大きめのタオルで片目を押さえた、首元から胸元までを赤く染めた劉の姿だった。 その足元に何かを引きずったような血の跡がスゥッとついていて、そこを避けるように明貴が跪いて床に震える両手をついている。 火宮は黙ってそんな2人を見下ろしていて、真鍋が隣でハァッと小さな溜息をついていた。

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