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第619話
「火宮殿。連様をどうか」
繰り返し、火宮に連の許しを乞う劉の声が響いた。
冷ややかな顔でそれを見下ろしていた火宮が、カツンと1歩、その足を前に進めた。
「クッ、連」
ハッと冷たく息を吐いた火宮を、ぼんやりと見上げてしまう。
ピクリと肩を揺らした明貴が、のろのろとその顔を持ち上げた。
「中国、六合会首領、連明貴。あなたは、もう少し自分の持ち駒をよく顧みてやる方がいい」
「ひ、みや…?」
「あなたを想ってくれる者は、存外近くにいるようだぞ?」
ククッと笑う火宮の様子に、ふ、と力が抜けるのを感じる。
「あなたの最側近に免じて…それから、俺の優しすぎるイロに免じてな」
クッと喉を鳴らす火宮が、「来い」と視線で命じて俺に手を伸ばす。
「っ…」
咄嗟にパッと足に力を込めた俺は、そのまま飛び込む勢いで、火宮の元に駆けていった。
「許せ、と2人がかりで説得されては、そうするしかあるまい」
ぼすっと腕の中に収まった俺の頭を、火宮がぽんと撫でる。
「こちらの右腕を痛めつけてくれた件、そちらの右腕の目玉で手打ちだ」
「っ、火宮殿っ…」
ホゥッと安心したような劉の吐息が漏れた。
「ただし、落とし前金は倍額。組織と公安の処理は仕方ないから請け負ってやる。ただで、とは言わないがな」
「火宮…?」
「ククッ、次回のうちとの取り引きだが、8、2でうちに利のある条件で受けてもらおうか」
ニヤリ、と唇の端を吊り上げる火宮は、さすが、ヤクザの頭で、今回重職に就任した、やり手の理事様だった。
「くっ、了承、した…」
悔しげに唇を噛む明貴だけど、その目がキラリと頼もしそうに火宮を見ているのは、隠しきれていない本心か。
「それから、最後。俺の大事な大事なイロを攫って軟禁してくれた件だがな…」
スゥッと薄く目を細めた火宮に、俺はきゅっと抱きついた。
「ふっ、この、口ほどにものを言う目。いいだろう、仕方がない」
「火宮?」
「クッ、このまま、黙って身を引くのなら…大人しく翼を諦め、2度と奪取しようなどと目論まないと誓うなら、それで水に流してやる」
「っ、火宮ッ…」
きゅぅぅっと辛そうに眉を寄せた明貴の、切なく苦しい表情を、俺は火宮の腕の中から、そっと覗き見た。
「これに執着せずとも、あなたには、あなたを1番に想う、大切にするべき者がいるのではないか?」
ふわりと目元を緩める火宮が、愛おしそうに俺を見下ろしてくる。
きゅん、と胸が締め付けられるようなその表情に、へらりと泣き笑いが浮かんでしまう。
「これは俺のものだ」
「っ、火宮さんも、俺のものだっ…」
ぎゅぅっとしがみついた俺の背を優しく撫でて、火宮がうっとりと微笑んだ。
「誰にも渡さん」
「俺も」
スッと取られた左手を、恭しく捧げ持たれる。
「羨んで、見失う前に」
「っ、あ、あ、刃…」
「目を覚ませ」
ククッ、と喉を鳴らした火宮が、スルリと魔法のようにリングを取り出し、きゅっと俺の左手薬指に嵌めてくれる。
「その、孤独も、重責も、己の偶像も、その本質も、全てを理解し、寄り添い、支え、高め合う。俺たちのような人間の至宝。分かるから、許そう。分かるから、気づいて欲しい」
俺とあなたは同じだ。
そう囁くように告げた火宮の言葉に、俺は先日の明貴とのやり取りを思い出してハッとした。
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