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第622話
それから、火宮と真鍋と共に、車で蒼羽会事務所まで連れ帰られた俺は、火宮の目の前に立たされていた。
「っ…」
火宮の左右には、俺の両側に整列する形で、真鍋はもちろん、池田や浜崎、他、火宮の部下さんや護衛の面々が揃っていた。
「お帰りなさいまし、翼さん」
「っ、あ、は、い…」
「ご無事のお戻り何よりです」
代表でなのか、池田が述べて、ザッとみんなが深く頭を下げてくる。
グシッと目元を拭う仕草をしたのは浜崎か。
他の人も何人か、肩を震わせているのが見える。
「あ、その、た、ただいまです」
喜びが、安堵がじわりと広がって、この場の空気を染めていくのがよくわかった。
あぁそうか。俺はこの人たちに、ものすごく心配をかけたんだ。
事情は知っているだろうけど…いや、知っているからこそ、か。
「あの、ごめんなさい」
真鍋を帰らせ、自分は敵地に居残るという選択をしたこと。
みんなの大事な火宮さんに、すごく残酷な仕打ちをし、みんなに心配を掛け、火宮を数日間苦しめたこと。
きっといっぱいいっぱい傷つけた。
俺を思ってくれる人たちを、たくさんたくさん苦しめた。
「ごめんなさい」
深く、頭を下げて詫びた俺に、コツ、と1歩、火宮が足を前に進めてきた。
「翼」
あ、ぶたれる…。
火宮の呼び声にふらりと顔を上げた俺は、その火宮の顔を見て、なんだか直感的にそう思った。
処罰は仕方がない。
ぎゅっと目を瞑り、歯を食いしばって覚悟を決めた俺に、火宮の小さな吐息が聞こえた。
「クッ…なんだその顔は」
「え…?」
あれ?と思って開いた目に、両手は身体の横に垂らしたままの火宮の姿が見えた。
「ククッ、覚悟はいいのか」
スッと持ち上がった火宮の手が、クイッと俺の顎に掛かる。
「仕置きだ、翼。これから24時間、ずっとな」
ふ、と目を細めた火宮が、みんながいる前での、堂々としたそんな宣言をぶちかました。
カァッと反射的に頬が熱くなり、バクバクと鼓動が激しく音を立てる。
周囲の部下さんたちが一斉に、さらに頭を深く下げたのが見えた。
「っ…」
「声も涙も枯れても。24時間、仕置きを受け続けさせる。いいな?」
ジロリと見下ろされる視線に、否定の言葉は許されない。
火宮の放つ「いいな?」の確認は、仕置きをしても「いいな?」ではなく、覚悟は「いいな?」だからだ。
「はい…」
この場にいるみんなに、これから俺がお仕置きをされることが知れ渡る。
恥ずかしくて情けなくて。
だけどそれはきっと、いっときでも火宮の元を離れ、それが俺の意図的な選択で、みんなの心を冷やしてしまったことへの代償だ。
その落とし前をきちんとつけさせるという、火宮なりの部下さんたちへの示し。
「真鍋」
事後処理は任せたと、真鍋が呼ばれる。
「池田、浜崎」
お前たちは送迎だ、と2人が名指しされる。
「翼」
来い、と差し出される手を取れば、これから長く辛い時間の始まりだ。
分かっていても、俺は迷わずその手を掴む。
「行くぞ」
クイッと引かれた火宮の手に従えば、左右から「お疲れ様でしたッ」の野太い声の多重奏が届いた。
パッと付き従った池田と、ワタワタと後を駆けてきた浜崎の、その目元が潤んで赤くなっていたのが見えて、「ごめんなさい」を、たくさんたくさん心の中で唱えた。
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