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第631話※
え?あれ?なんで…?
訳がわからないまま、パチパチと瞬きを繰り返す。
突然放り出されてしまったような身体が、ぽつんとベッドの上に虚しく残された。
「ひ、みや、さん?」
急に一体どうしたというのだろう。
明らかにおかしかった火宮の様子を思い浮かべ、俺は慌ててベッドから滑り降りた。
「って、裸っ!」
パッと火宮を追ってリビングへ向かおうとして気がついた。
俺は今、素っ裸のままで、服の在りかもわからない。
「っ、とりあえずこれでいいか」
手近に身を隠せるものといえば、ダブルのベッドに敷かれたシーツで。
それをズルズルと引っ剥がした俺は、ぐるりと身体に巻き付けた。
「うっ…なが」
どうしたって多分に余るシーツの端を、ずるずると引きずりながら、俺は火宮が向かったリビングへ出て行った。
窓にカーテンが引かれた室内に、煌々と明かりがつけられている。
火宮はソファに腰掛け、カランとウイスキーグラスを傾けていた。
「あ、の…火宮さん?」
明るい室内で、まるでそこだけ光を切り取ったような、闇色の空気を纏う火宮をそっと窺った。
無視するつもりはないのだろう。ゆるりと首を巡らせた火宮が、こちらに視線を向けてきた。
「どうした?」
翼、と呼ばれる声は、淡々と平坦で。
けれどもその目は、優しく細められていた。
「っーー!」
ざわりと心が粟立つ。
そのあまりにらしくない表情が嫌で、俺はタンッと火宮の前に立ちはだかった。
「翼?」
カラン、とグラスの氷が音を立て、火宮がゆるりと首を傾げた。
その手から引ったくる勢いでウイスキーグラスを奪い取り、ガンッと音を立てて、リビングのローテーブルへ押し付ける。
文句も言わずにグラスをあっさり手放した火宮が、ククッと可笑しそうに喉を鳴らした。
「何事だ」
「っ、何事なのは、火宮さんの方でしょう?」
「俺?」
「そうですよ!だって、さっき、本当は俺を、お仕置きしようとしたんですよね?」
ぐ、と火宮に迫り、俺は真っ直ぐにその目を見据えた。
「始めに24時間って言ったじゃないですか。さっきの何か捨てていった道具…あれで俺をグズグズにして、その後抱こうと思っていたんじゃないんですか?」
「エネマグラか」
「エネッ…?し、知りませんけど、それを途中で止めて…」
「クッ、なんだ。期待したのか」
揶揄うように目を細めた火宮だけど、その目の奥には、いつもの妖しいサディスティックな光はなかった。
「っーー!してませんっ。してませんけど…」
「ん?」
「っ、また、甘いって言われてしまいますよ」
「真鍋か」
「そうですよ。あなたが手加減すると、必ず文句を言うんでしょう?」
「ククッ、今回ばかりは、あいつは文句など言えないさ」
「火宮さん…?」
「今回真鍋は、おまえに大きな借りと負い目がある。厳しく仕置けなどとは言えやしない」
クッと笑う火宮が、「まぁ座れ」と、自分の隣を示してきた。
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