631 / 719

第631話※

え?あれ?なんで…? 訳がわからないまま、パチパチと瞬きを繰り返す。 突然放り出されてしまったような身体が、ぽつんとベッドの上に虚しく残された。 「ひ、みや、さん?」 急に一体どうしたというのだろう。 明らかにおかしかった火宮の様子を思い浮かべ、俺は慌ててベッドから滑り降りた。 「って、裸っ!」 パッと火宮を追ってリビングへ向かおうとして気がついた。 俺は今、素っ裸のままで、服の在りかもわからない。 「っ、とりあえずこれでいいか」 手近に身を隠せるものといえば、ダブルのベッドに敷かれたシーツで。 それをズルズルと引っ剥がした俺は、ぐるりと身体に巻き付けた。 「うっ…なが」 どうしたって多分に余るシーツの端を、ずるずると引きずりながら、俺は火宮が向かったリビングへ出て行った。 窓にカーテンが引かれた室内に、煌々と明かりがつけられている。 火宮はソファに腰掛け、カランとウイスキーグラスを傾けていた。 「あ、の…火宮さん?」 明るい室内で、まるでそこだけ光を切り取ったような、闇色の空気を纏う火宮をそっと窺った。 無視するつもりはないのだろう。ゆるりと首を巡らせた火宮が、こちらに視線を向けてきた。 「どうした?」 翼、と呼ばれる声は、淡々と平坦で。 けれどもその目は、優しく細められていた。 「っーー!」 ざわりと心が粟立つ。 そのあまりにらしくない表情が嫌で、俺はタンッと火宮の前に立ちはだかった。 「翼?」 カラン、とグラスの氷が音を立て、火宮がゆるりと首を傾げた。 その手から引ったくる勢いでウイスキーグラスを奪い取り、ガンッと音を立てて、リビングのローテーブルへ押し付ける。 文句も言わずにグラスをあっさり手放した火宮が、ククッと可笑しそうに喉を鳴らした。 「何事だ」 「っ、何事なのは、火宮さんの方でしょう?」 「俺?」 「そうですよ!だって、さっき、本当は俺を、お仕置きしようとしたんですよね?」 ぐ、と火宮に迫り、俺は真っ直ぐにその目を見据えた。 「始めに24時間って言ったじゃないですか。さっきの何か捨てていった道具…あれで俺をグズグズにして、その後抱こうと思っていたんじゃないんですか?」 「エネマグラか」 「エネッ…?し、知りませんけど、それを途中で止めて…」 「クッ、なんだ。期待したのか」 揶揄うように目を細めた火宮だけど、その目の奥には、いつもの妖しいサディスティックな光はなかった。 「っーー!してませんっ。してませんけど…」 「ん?」 「っ、また、甘いって言われてしまいますよ」 「真鍋か」 「そうですよ。あなたが手加減すると、必ず文句を言うんでしょう?」 「ククッ、今回ばかりは、あいつは文句など言えないさ」 「火宮さん…?」 「今回真鍋は、おまえに大きな借りと負い目がある。厳しく仕置けなどとは言えやしない」 クッと笑う火宮が、「まぁ座れ」と、自分の隣を示してきた。

ともだちにシェアしよう!