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第632話※

「っーー!」 1人、激情を揺らす俺に対して、どこまでも静謐な火宮が気に食わない。 激情のまま、ドカッと音を立てる勢いで火宮の隣に腰を下ろしたら、クックッと癖のあるいつもの聞き慣れた笑い声が聞こえた。 「っ、何ですかっ?」 「いや」 「言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれませんかっ?」 「言いたいこと、か」 ふっ、と、またらしくない吐息を漏らした火宮が、薄っすらと目を細めて、ゆるりと唇の端を吊り上げた。 「おまえは、本当に…」 ククッ、と喉を鳴らす火宮が、ごそりと身動いで、片手で前髪を掻き上げ、額を覆った。 「ひ、みや、さん?」 「ククッ、本当に、立派だよ」 はぁっ、と、珍しく深い吐息を漏らしながら、火宮がゆるりと微笑んだ。 その声は、皮肉も揶揄いも含んではいない。笑っているけど真剣そのものの火宮の声色に、ドキリと鼓動がうるさく音を立てた。 「火宮さん?」 「クッ、その身を張って、真鍋の命を守ったこと」 「っ、それは」 「尻込む俺を、無理矢理舞台上に引きずり出し、策を巡らせて上へと向かわせたこと」 「っ、それは…」 「蒼羽会会長のパートナーとして、蒼羽会の姐という立場にある者として、とても立派な振る舞いだった」 「っ…」 その言葉のどこまでが本心でどこからが偽りか、俺には分からなかったけれど、決してふざけている声色でないことだけは、はっきりと伝わってきていた。 「怖かっただろう?」 不意に、ふわりと温かさを纏った声が隣から落とされて、優しく全身が包まれた。 「っ、火宮さんっ」 「初めから俺が力を持っていれば。散々逃れていた地位や権力を、拒むことなく受け入れていたら。今回おまえをこんな目には遭わせなかった」 「っーー!」 「俺のせいだ」 「だけどそれはっ…」 「あぁ。そんな俺の隣を選んだのは、おまえだったな」 ククッと喉を鳴らす火宮が、少しだけ悪戯っぽく、目を細めて俺の顔を覗き込んできた。 「おまえの揺らがぬその覚悟が、本当に、立派だよ」 「ひ、みや、さん?」 「俺のすべてを受け入れて、自身が選んだ道だからと、おまえはおまえのすべてに、正々堂々と責任を持つ」 「っ…」 「俺がどれだけおまえを守ろうとしても、俺がどれだけおまえを囲い込もうとしても、おまえはにこりと笑って違うと言う。正々堂々とその足で立ち、俺は自力で隣に立てると、俺は自分の意思でこの場所に立っているのだと、どこまでも真っ直ぐに証明してみせる」 ふわりと頭に触れた手が、スルリと頬を滑って、宙に離れていった。 「いい男に惚れたな、俺は」 ククッと笑った火宮がそれこそ悪戯っ子のように、鮮やかな弧を目元と口元に作り出す。 「罰するつもりだったんだ」 「え…?」 「おまえに何もかもを受け入れさせている、罪深い俺を」 「火宮さん?」 「おまえを抱きたい。けれど、抱かない。それが俺への罰だと」 きゅっと拳を軽く握った火宮が、くすりと笑って俺を見た。 「だけど」 「ふふ、ふふっ、だったら、だったら火宮さん」 「クッ、翼」 「ふふ、だったら俺が」 「だからおまえは」 「俺が、火宮さんを抱いてやりますよ」 にぃ、っ、と口元に浮かんだ笑みを自覚した。 「あなたが自らに罪があると言うのなら、俺はそれすら包んで許してやりますよ」 「ッ、翼」 「俺は、俺の意志でここにいる。俺は、俺の好きでこの手を取った。ともに堕ちるのならば、たとえ行き着く先が地獄の果てだとしても。そこは、至上の地」 「翼ッ…」 「あなたを、愛してる」 スルリと身体のシーツを解き、ソファを降りて火宮の目の前に。 惜しむことなく裸体を晒して見せつけて。 にこりと笑って火宮の膝に乗り上げた。 「ッ…」 これを寄越せと言うように、股間を火宮の中心に擦り付ければ、息を飲んだ火宮が目を瞠った。 その反応が珍しくて嬉しくて、俺の行動は大胆になる。 そっと首の後ろに伸ばした手を火宮に絡ませ、ぐいとその頭を引き寄せる。 弧を描いたままの唇を、火宮のそれに押し付ければ、ゆるりと開いた唇が、甘い吐息と共に、熱い舌を送り込んできた。

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