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第635話
「んっ…」
情事後の全身の気怠さに包まれながら、俺はゆるりと目を覚ました。
ゆっくりと見回したここは、どうやら寝室スペースのベッドの上らしく、最後の記憶がソファの上だったことを考えれば、きっと火宮が運んでくれたのだろう。
ベタベタのドロドロに汚したはずの身体も、綺麗さっぱり清められている。
「ふぁぁっ」
大きく伸びをした身体が、ギシギシと痛んだ。
昨夜は記憶にある限り、火宮に貪り尽くされるように抱かれた。
自ら仕掛け、自ら跨ったあの一回の後、すっかり形成逆転した火宮に、ひたすら追い上げられ、突かれまくった。
何回イッたかなんてもう数え切れず、空イキまで含めたら、両手の指でも余る。
「すごかった…」
散々求められまくった昨夜の一連の出来事を思い出し、にんまりと緩んでいく顔が止められない。
直接ナカに火宮を感じた記憶は、まだ生々しく身体に残っている。
しっかりと記憶に刻まれた情事の痕跡と、クタクタなこの身体が嬉しくて幸せで、俺は1人、ジタジタと枕を抱えてベッドの上を転がった。
「クッ、何をしている」
不意に、ベッド脇に人の気配が湧き、呆れたような火宮の声が耳に滑り込んできた。
「っ?あー、おはようございます」
「ククッ、おはよう。身体はどうだ?」
パッと慌てて枕を手放し、ふらりと視線を彷徨わせる俺に、火宮の柔らかな笑顔が向いた。
「っ…朝から、目に毒です」
「ククッ、何を言っているんだか。おまえのその身体の方が毒だ」
ニヤリとすぐさま意地悪な笑みに変わってしまった火宮の顔が、ジロジロと俺の全身を眺める。
「へっ?」
何が?と思って見下ろした身体は、当然のように素っ裸のまま、全身の至るところに赤い鬱血痕を散らしていた。
「っーー!これっ…」
どう考えても、その犯人はそこで揶揄うように目を細めている火宮でしかなくて。
「自分でしておいてっ」
何が毒だ。自業自得だ。ふざけるな。
思わず内心で悪態をつきまくりながら、ジトッと恨みがましい目を向けてやる。
「クックックッ、まぁ俺のせいだな」
けれどもニヤリと愉しげに笑っている火宮は、まったく悪びれる様子もない。
「もう本当、あなたですよねっ」
「ククッ、そんな男に惚れているんだろう?」
「あー、そうですよ。大好きですよ」
ツンと顎を反らして、ニィッと笑って言い放ってやる。
一瞬「クッ」と息を詰めた火宮が、次にはとてもとても愛おしそうに、俺を見つめて微笑んだ。
「っーー!だからっ、ずるいっ」
くそぉ。負けか。
負けなのか。
これでも俺の方が一層火宮を好きだと思っているのに。
斜め上からその想いを被せてくる火宮に、勝てる気がしない。
どちらがどちらをより好きなのかを張り合うだなんて、側から見たらバカップルこの上ないんだろう。だけど俺にしたら大真面目だ。
「ふんっだ。お腹空きました!」
悔しさからなんとなく、つっけんどんな声を出してしまいながら、俺はベッドから抜け出して、床に足を下ろそうとした。
だが。
「ふぁっ?あ?な、に…?」
確かについたはずの足がカクンと崩れ、何故か踏ん張りすら効かない身体が、ヘニャヘニャと床に崩れてしまった。
「あ、れ?」
「ククッ、腰が抜けているな」
「はぁっ?」
「まぁあれだけヤったんだ。足腰立たなくなって当然といえば当然」
ククッ、と愉しげに喉を鳴らしている火宮が、非常に満足そうに俺に手を伸ばしてくる。
「腰、抜け…って」
「ククッ、今日は残り数時間の仕置きの続きだ。1日、俺に抱っこされ、甘やかされろ」
「っ…」
ふわりと抱き上げられた身体が、ゆらりとリビングの方へ運ばれていく。
「そんなお仕置き…」
仕置きにならないことくらい、火宮も分かっているだろう。
それでもそんな体を貫く火宮は、多分始めに宣言した24時間を覆せないだけなんだ。
「ふふ」
そうやって、部下や真鍋を大切にする火宮が好きだ。
口では意地悪ばかり言うくせに、俺を見る瞳が滅茶苦茶優しい火宮が愛おしい。
きゅっ、と火宮の首に腕を回し、ぎゅぅと抱きついたら、緩やかに弧を描いていく火宮の口元が見えた。
「その顔」
油断しすぎだ、と伝える火宮の瞳が妖しい光を宿したのが分かった。
「えっ?」
「ククッ、ちなみに今日1日、服を着ることは許さないからな」
「え…?」
火宮の口から放たれた言葉が理解できず、くるくると頭の中を回っていく。
「ククッ、だから、着衣を許可しないと言っている」
仕置きだからな、とのたまう火宮のその言葉を、ようやく俺の頭は理解する。
「っな…」
「ククッ、安心しろ。ここには今日、俺とおまえ以外、誰も入って来ない」
「はずだ」と続いた言葉に、カァッと頭に血がのぼる。
「っこのどSッ!」
もう本当、ちょっといい雰囲気だと思ったらもうこれだ。
だけどそれがあまりに火宮で、いつも通りすぎるこの感覚に、帰ってきたんだ、ホッとする、なんて馴染んでしまう俺も俺だから。
「いいですよ。最後まできっちり受けてやります」
そのかわり。
「そのかわり、今日は俺、なーんにもしませんから」
歩行から食事から移動1つも何もかも。全部世話を焼くがいい。
この身を丸投げして、にっこりと火宮に笑顔を向けてやる。
「ククッ、本当に、おまえはな」
ふわりと優しくソファに下された身体に、火宮が覆い被さってきた。
「んっ…」
翼だな、と嬉しげに呟かれた火宮の言葉は、互いの唇に重なり転がり、そして溶けていった。
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