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第638話
その数日後の教室内。
一体どこからどうやってそういう情報を仕入れてくるのか。
「きゃぁっ!つーちゃん、ねっ、マジで、本当っ?」
「はぁ?何が」
「つーちゃんと豊峰くんの三者面談!あの美形様が来るって!」
ワッと盛り上がりながら、キャッキャとはしゃいでいるのはリカで。
キーンとうるさいその声に、全力で顔をしかめているのが、この話題に巻き込まれた豊峰だった。
「本当、どこから聞くわけ」
「それは秘密。だけど、その顔は本当ねっ?」
「あー、まぁ、ね?」
あはは、と乾いた笑いを漏らしながら、豊峰にチラリと視線を向ければ、やっぱりとっても嫌そうに、ジトリと目を据わらせている。
「キャァッ!やっぱりマジかー。それで、それでっ?つーちゃんと豊峰くんの面談の日は、と…」
ピョコンと飛び跳ねて喜びを全身で表現して、いそいそと連絡黒板の片隅に貼られた三者面談日程表を見に行くリカの後ろ姿が遠ざかる。
「あのさぁ、普通、俺たちの日程じゃなくて、自分の確認するべきじゃない…?」
ははは、と笑いながら、至極まっとうな意見をもらしたはずの俺の声は、さっさと去っていったリカには掠りもしなかった。
*
「それで?なんで俺がトップバッターなんだよっ」
ブーブーと文句を言っている豊峰と連れ立って、俺は、面談室前の廊下で、真鍋が来訪するのを待っていた。
「まぁ仕方がないんじゃない?真鍋さんの都合がここがよかったんだから」
あのクソがつくほど多忙な幹部様の、貴重な貴重な時間が取れたのが、この時間だったのだ。
「しかもこんな時期にさー。なんなの。なんの面談なんだよ」
「んー?先生は、なんか、早くから受験や進路を意識させるため、とか言ってなかった?」
「言ってたけど」
「さすがは名門進学校って感じ?ほら、やっぱりここの生徒って、半分以上が、親がアレなんでしょ?すでに進路が決まっている生徒も多そうだよね」
「あー、まぁなぁ。重役官僚社長会長のご子息ご令嬢お孫さんがゴロゴロだもんな」
ははは、と遠い目をして笑う豊峰に、俺も思わず苦笑が漏れた。
「文理の次は、やっぱり国公立私立専門就職の選択になってくるかー」
「だなー。確定は3年になってからでいいとして、今から少しでも考える時間を作ろうって魂胆か」
「魂胆って」
あまりの豊峰の言いように、思わず笑ってしまう。
そこに、ふと、ドヨッと廊下の先の空気が異様な感じに揺れたのがわかった。
「え、なに…?」
咄嗟に身構えて、廊下の先に視線を移す。
同じく隣で俺を庇うように立ち上がった豊峰が、臨戦態勢に入ろうとしたところに…。
「キャァァァァッ!び、け、い、さ、まぁぁぁぁっ!」
「マジイケメン。神様ありがとう!あぁもうマジ昇天」
「やっばいね。冷たい美貌、眼福すぎる」
割れんばかりの悲鳴と動揺のざわめき、なにやら怪しい呟き声が多数、空気が揺らいだ廊下の先からやってきた。
「軍服!軍服コスしてください!」
「駄目よ駄目、その素敵なスーツ姿のまま、眼鏡に指示棒がベストよ!」
「あぁん、こっち振り向いてぇ、美形様ぁ」
「あ、やばいもう鼻血止まらん」
ますますヒートアップする頭のおかしい声に続き、絶え間なく響く悲鳴に、事態を否が応にも察した俺と豊峰は、げっそりと顔を見合わせた。
「これは、真鍋さん…?」
「だろうな。真鍋幹部」
うわぁ、うげぇ、と潰れた悲鳴の2重奏は、当然俺と豊峰のもので。
声に違わずヒクリと引き攣った俺たちの顔が向いた先には、何故かゾロゾロと女生徒のみならず、何人もの男子生徒までもの大行列を引き連れた、真鍋能貴その人が現れた。
「あぁ、翼さん、豊峰」
こちらを見止めたらしい真鍋が、ゆっくりと歩いてくる。
その片足が軽く引きずられていることに一瞬意識を取られるけれど、それはすぐにその後ろをゾロゾロとついてくる多数の生徒たちの姿に逸らされた。
「なっ…」
ちょっと待て。それをそのまま連れてこちらに来るな。
本人は、周りを取り巻くその声や姿を、綺麗さっぱりなかったことにして無視しているようだけれども。
ただでさえ以前の体育祭、俺の保護者陣に無駄な注目が集まって悪目立ちしたことがあるというのに。
今回また新たなネタを提供してやるなんて、こちらは冗談じゃないのだけれど。
「どうしよ、藍くん」
これはこのまま無関係な振りをして逃亡を図ろうか。
ツンツンと袖を引っ張ってみた豊峰の顔は、幾分青褪めて、近づいてくる真鍋をヒクヒクと見つめていた。
「面談室はこちらでよろしいようですね、翼さ…」
真鍋と異様な集団の塊がなおも俺たちの方に迫って来ようとしているその中、俺は咄嗟にパッと踵を返し、固まっている豊峰を置いてこの場を逃げ出そうとした。そのとき。
「おまえたちーっ、うるさい!用のない者はさっさと帰りなさい!部活がある者はさっさとそちらに行きなさいーっ」
ガラッと突然開いた面談室のドアの中から、担任教師の凛と通る声が響き渡った。
一瞬にして、騒ぎがピタリと収まりをみせる。
「豊峰くん。ほら、原因だろうきみの保護者さんを、さっさとこの中に引き入れて隠して」
「あ、あぁ、はい」
「豊峰くんと火宮くんの保護者様ですね、申し訳ありません、お騒がせしまして。どうぞこちらへ」
にこりと微笑んで真鍋に向き直った教師に、真鍋は無表情のまま「こちらこそお騒がせを」なんて、多分思ってもいないんだろうことを淡々と告げている。
「いえいえ、こちらの生徒の指導がなっていないせいで。それにしても、騒がれるのがわかるお美しいお顔ですねぇ」なんてのんきにのたまう担任に、さすがの真鍋の眉がギュッと寄ったのが珍しいと眺めたところで、豊峰がようやく慌ててパッと頭を下げた。
「真鍋かん…「豊峰」
呼び掛けかけた豊峰の声を途中で遮り、真鍋が鋭い視線を送って首を振る。
「っあ…え、と、その、真鍋、さ、ん…」
ヒクリと喉を震わせて、非常に言いにくそうにした豊峰に、真鍋が1つ頷いて、悠然と面談室の中に入っていった。
『やっべぇ、翼。俺、すでに疲れた…』
はぁぁぁぁっ、と深いため息とげっそりとした呟きを1つ俺に残して、豊峰がフラフラとその後に続いて面談室に消えていった。
『がんば!』
グッと拳を握って、エールを中に向かった豊峰に送ったものの、この異様な空気の廊下に異様な空気のみなさんと残された俺は、一体どうすればいいんだ…。
げっそりと、深いため息をつきたいのは、俺の方もだった。
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