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第644話
「つ、翼さん…?」
「あは」
「い、家出などと言い出されても、おれ、困りますからねっ?」
ワタワタと完全にテンパっている浜崎の、焦りに焦った声が聞こえてきた。
「分かってます」
うん、分かっている。
俺は子供だ。だけど蒼羽会会長の本命である俺が、ここで自分の我儘を通して周囲に多大な迷惑を掛けることがどういうことか、慮れないほど子供ではない。
「ま、それに、あっちの護衛もついてきている中、撒けるとは思わないしね」
もしも浜崎とこちらの運転手を懐柔出来て、帰宅することから逃げ出せたとしても、本家からの護衛がばっちりあそこについてきている。
あの人たちから、俺の居所なんて本家を通して火宮に伝わるに決まっているのだ。
「はーぁ。俺は俺の立場をちゃんと分かってる」
分かっている。けれど、だからこそ、自分の甘えが許せなかった。
火宮に寄り添うのではなく、寄り掛かっていることに気づいた自分が情けなかった。
「うーーっ!」
ガシガシと、頭を掻きむしり、持て余される感情に唸りを上げる。
ぐーっと深く頭をうつむけた後、俺は巡る思考を振り払い、パッと顔を持ち上げた。
「っしゃ!ウダウダ悩んでいてもしょうがない」
「つ、翼さん?」
完全に不審者の俺に、側で浜崎がドン引いているのがわかった。
けれど、パァンッと一つ両頬を両手で打った俺は、そんな浜崎に構わず、ずいと詰め寄った。
「本家」
「へっ?はい?」
「本家。行きましょう!」
ニパッと笑って、突然の提案をぶちかました俺に、浜崎がキョトンと目を丸くして、状況を把握できない微妙な顔になった。
「え?あの…」
「俺は家には今は帰りたくない。だけどどことも分からない場所に行ったら、各方面に多大な迷惑が掛かる。それにどこへ行っても、どうせ本家の護衛にも見張られているような状態です」
「はぁ…」
「だから、本家」
「えぇっと?」
「本家なら、安全で、まぁ迷惑…は微々たるもので済みそうですし…何より、七重さんと話がしたい」
きゅっと覚悟を決めて微笑んだ俺に、浜崎が微妙な表情をしたまま、「はぁ」と頼りなく頷いた。
「火宮さんや真鍋さんには言えないんだ。見せたくない」
今のこんな俺の状態。
そして浜崎たちではきっと相談相手にはなりそうにない。
だから、あの、いつでも頼ってくれと言っていた、ヤクザの組の組長さんに、ちょっとだけ甘えてしまおうと思ったんだ。
「駄目ですか?」
「あ、いや、おれは、翼さんの行き先に、危険や不審な点がなければ口を出す権利はないっすけど…」
「じゃぁ、お願いします。七重さんには、今から電話して行ってもいいか聞きますから」
「はぁ…」
分かったっす、と複雑な表情を浮かべたまま、それでも浜崎が俺を車の方へと促してくれた。
歩きながら、宣言通りに七重に電話を掛ける。
たまたま手が空いていたのだろうか。数コールですぐに出てくれた七重に、訪問したい旨を告げれば、あっさりと快諾が得られてホッとした。
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