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第645話

         * 「やぁ翼くん、よく来たな」 ゆったりと微笑みを浮かべ、ぎゃうぎゃうと喚いている中条を華麗に無視した七重が、両腕を広げて俺を歓待してくれた。 「えーと、お久しぶりです、こんにちは。お忙しいところ、突然すみません」 まさか欧米風にその腕の中に飛び込んでいくわけにもいかず、俺は曖昧に笑ってペコリと頭を下げて見せた。 「ははっ、別にお忙しくなんかないぞ。暇だ。とーっても暇で、暇を持て余して困っていたところだ」 カラカラと豪胆に笑う七重の発言に、玄関で出迎え、ここまで案内してくれた中条が、ものすごく苦い顔をして七重を睨んでいた。 「あ、でも…」 チラリと視線を中条に向ければ、七重がシッシッと手を振り払ってしまう。 「そやつは気にしなくていい」 「だけど…」 「ほれ、中条。さっき買いに走らせた、なんとかというパティスリーのケーキはまだか?」 ケロリと中条を追い払おうとする七重に、中条が「オヤジはまったく…」とかなんとか、ブツブツ言いながらも、綺麗に一礼してこの場を立ち去っていった。 「あ、なんか、すみません…」 「だから、気にするなといっているだろう?それよりもほら、座りなさい」 ポンポンと隣を示す七重にへらりと笑い返して、「失礼します」とあえて向かいの座布団に腰を下ろす。 「ふ、つまらんな。しっかり火宮に躾けられておる」 カラリと笑う七重は気を悪くした様子はなく、俺の行動の意図は間違うことなく理解してくれているようだった。 「あは。ありがとうございます」 「褒めとらんぞー。だが、その翼くんが、火宮を飛び越して俺のところに遊びに来てくれるなんてな」 嬉しいが、どうかしたか?と笑う七重は、さすがだ。俺が、単純に「久しぶりに顔でも見せに」なんて理由ではないことを察してくれていた。 「あ、あは。いえ、その…」 曖昧に微笑んだ俺は、今の自分の状況を、そのまま素直に七重に伝えた。 「…ふははは。さすがだなぁ」 全てを聞き終えた後、七重はするりと顎に手をやり、楽しそうに目元を微笑ませた。 「え…?」 「翼くんは、いつでもどんなときでも、火宮をとにかく、愛しておるんだな」 「は?え?」 どこをどうしたらそうなった。 俺の話と全く繋がりが分からない七重の発言に、俺はキョットーンと固まるしかなかった。 「な、七重さん…?」 「くくく、立派だよ」 「え…?」 「きみは、蒼羽会会長、七重組理事、火宮刃のパートナーとして、申し分ない」 「あの…」 なんとも楽しげに微笑む七重に、訳が分からない俺は、戸惑いの声を上げるしかない。 「きみは自分を、火宮に寄り掛かって情けない、甘えている、と言うけれどな。こうして、自分の感情をちゃんと分析して、それに流されず、こうしてうちを、俺を、相談相手に選んだじゃないか。どこぞに失踪するなんていう馬鹿な真似をせずに、きちんと火宮の立場や自分の立ち位置を慮って、安全や各所の迷惑を考えて動けている」 「っ、そ、れは…」 「聞けば火宮を理事選に後押ししたのも翼くんだろう?あの六合会の首領とも対等にやり合ったと聞いておるぞ」 「っ、それは…」 「きみはな、きちんと火宮のパートナーとして、堂々と立派に、その隣に自分の足で立てているぞ」 にこりと微笑み、うんうんと頷く七重から、俺はストンと俯いた。 「だから、な?翼くん。きみが、進路をその手に委ねられて、怖いと感じたのは、甘えや依存じゃない。ただの、火宮への愛情だ」 ふははは、と立てられた七重の豪胆な笑い声に、俺はクエスチョンマークを大量に頭上に浮かべて、ガバリと顔を上げた。

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