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第652話
「だから、逃げようって言ったじゃねぇか…」
ブツブツと、恨みつらみを吐き出し続ける豊峰に、俺は曖昧に首を傾げることしかできなかった。
「あのリカだぜ?委員決めに参加したら、当たり前のように俺らを指定してくるに決まってんだろ…」
「うん?」
「案の定、取り巻き2人と、俺とおまえ、ノリとタクトまで巻き込みやがって」
どんだけ補佐が必要だよ?!と喚く豊峰を、俺はどうどうと宥めることしかできなかった。
「はぁっ、気が重い。しかも模擬店候補が、メイド執事喫茶か、女装男装カフェ?コスプレ写真館、スタッフ貸し出し有とか、ホストクラブだと?」
頭湧いてんのか、アイツ、とぶちぶち文句しか出てこない豊峰に、さすがに苦笑が浮かんだ。
「でも、もし学校1位になったらさ、豪華テーマパークフリーパスでしょ?」
「あ~?あぁ、あの、どこぞの保護者が出資者だとかいう…」
「あ、そうだったんだ。それで」
「あぁ。うちに通ってる生徒の親が、その経営者だかオーナーだか」
「なるほどね。で、それ、狙えるならいいじゃない」
楽しも?とにこりと笑って告げた俺に、豊峰のシラーッとした視線が向いた。
「興味ねぇよ。っていうか、その模擬店候補で、マジで狙えると思ってんのかよっ?」
それこそありえねぇ、と呟く豊峰に、バシッと後ろから激が飛んだ。
「じゃぁ豊峰くんはどんなお店ならいいと思うのかな?」
にーっこり。
あ、これ、真鍋さんがよくやるのと同じやつ。
口元も頬も笑っているのに、目だけがまったく笑ってない。
笑顔なのに冷たい顔。
「リ、リカっ?」
「ん?ほら、候補あげてみてよ。私は優しい実行委員だから?補佐の意見を、ちゃんと聞いてあげるわよ?」
うふふ、と微笑むリカの目だけが、怖いほどに真剣だった。
「あーうー、その、え、縁日風露店とか?」
「ははん、さすがはヤクザの息子くん?」
テキ屋の仕切りはお手の物か、と笑うリカに豊峰の笑いが引き攣る。
「つーちゃんは?」
「へっ?えっ?俺?俺は…お、お化け屋敷とかかなぁ?」
学園祭と言えば、と思い浮かぶものを上げてみれば、リカの冷たい笑顔はますます深くなった。
「ありがちだなぁ」
「う…」
「タクトは?ノリは?」
「じゅ、柔道の体験コーナ…」
「はい、却下」
「展示系とかは?水族館とか美術館とか…」
「残念、コストがかかり過ぎる上、集客が見込めない」
それも違う、あれも違う、と次々意見を切り捨てていくリカに、男4人はぐっと押し黙るしかなかった。
「これはね、出し物を出す側の私たちも楽しめて、尚且つ洒落てて人目を惹いて、集客も売り上げも見込めるものじゃなくちゃいけないのよ」
「うん…」
「華やかで、目立って、お茶目で、楽しくて、魅力的で…売れる」
最終的にはとにかくそこ、と「利益」に落ち着くリカに、なるほどさすが、敏腕経営者の子か、と納得したくなった。
「はぁぁぁ。他のクラスの出し物との兼ね合いもあるけど…。まずはその選択を誤らないようにしないとね」
気合入るー、と腕まくりを始めるリカに、どうにもついていけない俺たち4人は、微妙に生暖かい目を向けるしかなかった。
リカと仲のいい2人の女子も、さすがにリカのテンションについていけずに曖昧な笑みを浮かべている。
「とにかく、第一回実行委員会!」
「へっ?」
「それまでに、ある程度候補の模擬店を絞って、場所取りと備品確保、頑張らなくちゃ!」
ところでこの中で1番じゃんけん強いの誰?と首を傾げるリカに、全員の首が同じく傾いた。
「は?」
「いや、じゃんけん。模擬店の出店場所争奪戦と、備品の争奪戦、じゃんけんだから」
「マジか」
「うん。もし同じ場所の希望や、学校に数限られた備品の要求が被ったら、全部じゃんけんで決めるの」
これがまた熱いのよ、と笑うリカは、なるほど去年の実行委員様か。
「出店場所や、いかに経費を抑えるかは、超大事だかんね!」
「うん、分かる気がする」
「だから、そうなったときに、じゃんけん代表出る人決めとかない?」
「それって、実行委員がやるもんじゃ…」
補佐が出て行っていいものなの?
「それが、連れて行っていいんだな。じゃんけん要員を、1人まで」
ピッと人差し指を立てるリカに、俺たちみんなが顔を見合わせた。
「おまえ行けよ」「いやおまえだろ?」と無言の攻防が繰り広げられる。
だって責任重大。リカが望んだ場所や物が手に入らなかったなんてことになった日には…。
「俺1抜けたー」
「あっ、藍くんずるい!俺もっ、じゃんけん、超弱いから!」
さっさと逃亡をかました豊峰に便乗して、俺も慌てて輪から抜ける。
「あっ、まてよ翼っ。俺もじゃんけんは…」
「タクトっ…」
逃げかけたタクトをノリが必死で捕まえている。
「っていうか、リカ、じゃんけん強くなかったっけ?」
「うんうん。多分この中だったら、リカが最強だと思うけど?」
あぁ、スマートな女子2人様。そうだここはリカ自身に押し付けるのが最善だ。
よくよく分かっていらっしゃる。
その声に振り返った俺は、コクコクと全力で賛同の頷きを返した。
隣でノリとタクトも、それがいいと同意している。
「じゃぁ決定。リカ、頑張ってこい」
ニッと笑って振り向いた豊峰の声で、無事、補佐たちの安全は確保された。
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