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第653話
*
「それで、出店する店舗はお決まりになられたのですか?」
「うんー?それがまだなんです」
へらっと笑みをこぼす俺は今、自宅リビングで真鍋と勉強中。合間に挟んだ雑談で、今日の学校での出来事を話して聞かせていた。
「あぁそこ、漢字が違います…そうですか」
「あ、本当だ。ありがとうございます。そうなんですよ。ねぇ、真鍋さんなら、どんなお店がいいと思いますか?」
かきかきと、課題の問題集をやりながら、俺はチラリと敏腕経営者の右腕様を見上げた。
「私ですか?」
「はいー。だって火宮さん、ものすっごく大きい会社の経営者だったんですよね」
知らなかったけど。
「その右腕といったらもう」
それこそ高校の学園祭で、どうすればどれだけ稼げるかなんて考えるのは、お手の物ではないだろうか。
「ふっ、あなたは、まったく」
「へっ?」
「それはぜひ、クラスの実行委員さんに、自力で頑張っていただきましょうか?お手並み拝見といったところですよ」
にっこりと、目まできちんと笑っている真鍋に言われて、俺はへらりと笑い返した。
「やっぱり駄目かー」
「アドバイスやコンサルティングはいくらでもしますけれどね。こちらも一応プロなので。それにはそれ相応の報酬をいただきますよ?」
「タダでは動かない、と。真鍋さんらしいです」
やっぱりさすがはこの人か。まったくもって一筋縄ではいかなかった。
「うっかりいい提案が聞けたらラッキーとか思ったんですけどね」
「ふ、ゼロから自らたちの手で作り上げていくことに意味があるのでしょう。そこ、また誤字です」
「ですよねー。う、あ、本当だ…」
かきかきと、問題を解きながらの雑談で、またもやらかしてしまった箇所に訂正を入れる。
「ちょっとおしゃべりが妨げになっていますね。集中しておやりなさい」
おしゃべりはここまで、と雑談をぶった切った真鍋に、俺は渋々「はぁーい」と声を上げた。
「それにしても文化祭…」
「へっ?」
集中しろ、と言って話をやめた割には、ポツリと落とされたその声は何なのか。
思わず気になって返事をしてしまった俺に、真鍋のシラッとした目が向いた。
「七重組長」
「え?」
「先日、あなたが多大な借りを作ってこられたでしょう?」
「借り…?っていうか、あぁ、相談は、させてもらいましたよね」
「えぇ。その見返りに。文化祭への招待をご所望のようですよ」
「え゛っ」
思わず潰れた悲鳴も漏れるというもの。ふっ、と面倒くさそうに吐息を漏らす真鍋を、俺はまじまじと見つめてしまった。
「あなたがお断りになれるはずもありませんし。これはまた会長が面倒くさくなりますね…」
「……」
「翼さん?」
「え、あ、はい」
「はぁぁぁっ。あの学校の警備やらシステム上やら、七重組長の来訪に問題はありませんが…」
「っ…」
火宮が荒れる、と。
あまりに簡単に想像がつく2人の様子を頭に描き、俺は乾いた笑いをはははと浮かべた。
「文化祭当日、せいぜい楽しみにしております」
「っていうことは、真鍋さんも?」
「七重組長が招待されるのであれば、当然のように会長も参ります。会長が参るのならば、当然私も」
「ですよねー」
「素晴らしい出店、そして売り上げナンバーワン、せいぜいその経営手腕を楽しみにさせていただきます」
せめてもの憂さ晴らしに、と微笑む真鍋に、俺の笑いは完全に引き攣った。
「これは…」
火宮と七重のやり取りに、真鍋まで来ることによる学校側の大騒ぎ。
たかが面談1つであれほどの騒動になったことは、まだ記憶に新しい出来事で。
俺は、またも騒がれるだろうこの美形の右腕様の来校に、今からギリギリと胃が痛くなった。
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