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第654話
そして翌日。
「ねぇ、ねぇ、つーちゃん、聞いて、聞いて、聞いてー!」
登校早々、俺はリカに捕まっていた。
「はぁっ、なに」
ぐいぐいと腕を引かれ、通りすがりになんとか鞄だけは自分の机に置いて、俺はヨロヨロとリカについて行く。
その足が、教室の片隅に着いたところで、不意に手を離したリカが、くるりとこちらを振り向いた。
「あのねっ、文化祭のクラスの出し物、逆転メイド執事カフェに決めたからっ!」
にぃっ、と、それはそれは晴れやかな笑みを浮かべて、ピースサインが突き出される。
「はぁ?決めたって…」
「あのね、私のリサーチによると、コンセプトカフェを出店するだろうクラスが、もう1クラスだけあってね」
「へぇ?」
昨日の今日で、よくそんなスパイ活動を早々としてきたな。相変わらず、その行動力があっぱれだ。
「1年なんだけど、どうやらそっちは、コスプレ喫茶らしいんだよね」
「コスプレ喫茶?」
「うん。統一性は特になくて、店員がそれぞれ色々なコスプレをして接客する、みたいな店みたい」
「へぇ…?」
だからそれがなんなのか。リカの話の繋がりがよくみえずに、俺は気のない相槌を打った。
「あーっ、それが何?って顔してる」
「まぁ…」
実際そう思ってますから?
「チッチッチッ、分かってないなぁ」
「何が?」
「だからっ!喫茶店で被りそうなクラスはその1クラスだけで、つまりはライバルはそのクラスってことでしょ?」
「うーん?」
「だからさ、そっちがコスプレのバリエーションの豊富さで勝負に出るらしいなら、うちは同じコンセプトカフェでも、クオリティーの高さを誇ってやるのだ!」
「クオリティー…」
「お客様はご主人様やお嬢様。店員はメイド、執事に絞って、それだけじゃありがちなところを、逆転でカバー」
「逆転?」
それは一体…。
疑問に首が傾いた俺に、リカの得意満面の笑みが向いた。
「ふふっ、女子は男装で執事、男子は女装でメイド」
「はぁぁぁっ?」
「当然、受け狙いでもギャグでもなくね!それこそハイクオリティ、完成度の高さに文句なしの、完璧な装い、所作、内装を極めるの!」
「………」
ドヤ!と言わんばかりの、晴れ晴れとしたドヤ顔を向けられてもね…。
思わず胡乱な目を向け、無言になってしまった俺にも、リカは構うことなく、あれやこれやと構想を語り続けた。
「……が、トップ服飾デザイナーを目指しているでしょー?それから……」
世界的な活躍を目指すメイクアップアーティストの卵やら、裁縫が得意なのは誰だとか、仕入れに融通が利くのが誰とか、どんだけクラスメイトのそういう情報を把握しているのか、リカの口からは次々とそんな話が流れ出る。
「うん。とりあえず、リカがそういう店を、どんな風にやりたいかは分かったけど」
放っておくと、このまま授業が始まるまで、ずっと語り続けそうなリカに、俺は無理矢理割り込んだ。
「……で、売り上げ予想は…ん?」
「いや、だから、リカの考えは分かったけどね、クラスの出し物を決定する話し合いは、今日の5時間目のクラスホームルームのときでしょ」
「うん。それが?」
「だから、そこでクラスみんなの同意が得られて、提案が通らないことには…」
その話はただの空想で終わる。あまりに先走り過ぎだと思うのだけど。
「え?あ、なーんだ、そんな心配」
「へ?」
「そんなの、決定以外に何があるの?」
「は?」
「だぁって、このリカ様が提案するのよ?誰が反対するのよ」
あぁぁぁ、何様俺様が、ここにもいたんだ。まるで反対票など絶対に入らないと、自信に満ちたこの態度はなんなのか。世界はリカを中心に回っているとでも言うのか。まるで女版火宮だ。もしくは真鍋。
「うん。そういうやつだよね。何となく分かってきた」
思えば補佐指名のときも、そもそも拒否権なんてあるわけない、っていうような、女王様みたいな態度だった。
女装でメイドカフェなんてとんでもないと思うのに、これは多分、反対だなんてとても言い出せそうにない雰囲気だ。
「はぁぁぁっ…」
きっとクラスのみんなもそうなんだろう。あまりに簡単に想像がつくから、つまりはさっきリカが語った構想が現実のものとなるのはほぼ決定事項だとみてもよくて。
大袈裟で派手な溜息を漏らした俺にも、にっこりと笑顔を絶やさないリカ様が、ルンルンと鼻歌でも歌い出しそうな勢いだった。
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